ケンジロニウスの再生

関連図を元にロックサーフィンを繰り広げたい所存。

1-4 西海岸最重要バンド Buffalo Springfield!!

生まれる時代を間違えた。

なんてことをアホみたいに思ったりする時もある。ロック全盛期の時代の空気を直接肌で感じたかったなぁなんて。

もし60年代に生きていたらなぁ…

そんなもしも話を少しリアルに考えてみると、ネットもない時代にどれだけの情報と音楽を仕入れることができただろうか、と不安を感じる。レコードを買う金にも限度があるだろう、ラジオだけでは物足りないだろう、今でこそ発掘され評価されてるマニアックなロックには辿り着くこともなかっただろう…

 

そう、多分60's,70'sの当時を生きていた人々より2019年を生きる僕の方が60's,70'sロックに詳しい。いや、「詳しくなることができる」。歴史は次々と明らかになっていくし、この時代ではその歴史をインターネットで簡単に共有できる。

「若いのによう古い音楽知ってんなー」

とよく年配の方に言っていただけることがある。そんなことは当たり前なのだ。

江戸時代の人より現代人の方が縄文時代に詳しいだろ。

もっと言えば縄文時代の人よりも。

 

人は20を過ぎた頃から好奇心や感受性、集中力は衰える一方で、歳を取るにつれ頭も硬くなっていきあらゆるものを吸収できなくなっていく。つまり10代、思春期にどれだけのものを吸収できるかがとても大事だ。

僕が思春期の頃はまだガラケーだったしYouTubeAmazonもあったのかなかったのか知らないけど使うようなことはなかった。雑誌やラジオ、CDのレビューや友人との情報交換で音楽を漁っていた。

20歳を過ぎた辺りからスマホを入手してYouTubeAmazonの必殺コンボで音楽を漁った。

最近はもう悲しいことにほとんど新たな音楽に触れていない。いや、探し出して触れてはいるが新たなものに熱中できなくなってきた。

 

何が言いたいのかと言うと僕より若い人たちは僕よりロックに詳しくなるはずだ。ということだ。

未来に行けば未来に行くほど当然過去から離れていくわけだが、離れれば離れるほどよく見えるようになるんだなぁ…ってゆー話だ。

 

結果、当時に生まれたかったなぁと思う反面、もっと未来に生まれたかっなぁと思う僕である。。。

 

 

 

 

1-4 西海岸最重要バンド Buffalo Springfield!!

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「重要なバンド」という言われ方をするバンドがいくつかあって、

3大ギタリストを輩出してブルースロック、ハードロックの基礎を築いた「ヤードバーズ」。

デヴィッドボウイやストゥージーズ、パティスミスやテレビジョンに影響を与えたニューヨークの長「ヴェルベッドアンダーグラウンド」。

ニルバーナのカートコバーンやレディオヘッドのトムヨークなどに影響を与えた「R.E.M」(こいつらが1番重要重要と言われてる気が…)などがよく「重要」と言われている。

 

まぁロックが変化していく分岐点になったバンドとかビッグネームに影響を与えたバンドが言われるんだけど、ビートルズは「重要なバンド」という言われ方はしないわけで、まぁ成果の割に認知度が足りてないバンドに言われがちって感じなのか。

 

そーゆー意味で西海岸最重要バンドが「Buffalo Springfield」。スティーブンスティルス、ニールヤング、リッチーフューレイ、ジムメッシーナと後に大活躍する人物が在籍し、ピークをむかえる70年代のウエストコーストロック(イーグルスやドゥービー、ジャクソンブラウンなど)に多大な影響を及ぼしたバンドだ。

 

CSN&Yから始まった「ケンジロニウスの再生第1幕」だが、前回はここまできました。

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↓前回まで↓

 

1-1 CSN&Y

https://kenjironius.hatenablog.com/entry/2019/03/08/141307

 

1-2 The Byrds

https://kenjironius.hatenablog.com/entry/2019/03/12/083330

 

1-3 The Hollies

https://kenjironius.hatenablog.com/entry/2019/03/16/062517

 

デヴィッドクロスビーからバーズ、グラハムナッシュからホリーズと図の左側にぶぁっと広がって行きましたが、今回は右側の2人、CSN&YのSとN、スティーブンスティルスとニールヤングが在籍していたBuffalo Springfield

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結成の話が中々のもんで、65年に「Au Go Go Singers」というバンドで活動していたスティーブンスティルスとリッチーフューレイ。このバンドが解散した後スティルスは「The Company」というバンドでカナダへ、そこで若きカナダ人ニールヤングと出会う。

The Companyもすぐに解散し、スティルスはカリフォルニアに拠点を移し、新バンド結成のためにAu Go Go Singersで一緒だったリッチーフューレイをカリフォルニアに呼ぶ。

一方ニールヤング。カナダはトロントでブルースパーマーと出会い、「マイナーバーズ」というバンドでレコーディングの準備をしていたが脱走兵であったリードシンガーが逮捕され、デビューがオジャンに。ヤングとパーマーはスティルスとの再会を望み、カリフォルニアへ。

しかしスティルスの居場所を中々見つけられず黒の霊柩車で彷徨うヤングとパーマー。(どうゆう状況?連絡先とか何もしらんのん?いや霊柩車?!)

するとある日サンセット大通りの大渋滞に巻き込まれ立ち往生するヤングとパーマーの対向車線からなんと偶然にもスティルスとフューレイの乗った白のバンが通りかかって、見事再会を果たした。

 

という結成秘話。

そこにバーズのマネージャーであるジム・ディックソンの紹介で、ドラムのデューイマーティンが加わりBuffalo Springfieldが誕生する。66年頭のことだ。

すぐにバーズの前座としてツアーに回り、バーズのクリスヒルマンの推薦で「ウイスキーアゴーゴー」のレギュラーになったり、バーズとは結成直後から親交があった様子。

 

ウイスキーアゴーゴーでの活躍がアトランティックレコードの目にとまり66年12月、1stアルバム「Buffalo Springfield」をリリース。

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なんとプロデューサーがニールヤングの声を気に入らずヤングの曲のほとんどでフューレイがリードボーカルをとっている。今ではヤングの甲高い声は彼の代名詞とも言えるものなのに。デビューシングルとしても先行リリースしたヤング作「Nowadays Clancy Can't Even Sing」もフューレイがリードボーカルをとり、ヤングがバッキングコーラスをとっているがこれが絶妙で素晴らしいフォークロックに仕上がっている。

 

Buffalo Springfieldがレギュラーで演奏していたウイスキーアゴーゴーというナイトクラブ(日本でいうライブハウス)があるのはサンセットストリップという地域で、サンセットストリップには他にもいくつかのクラブがあり若者が夜通しひしめき合っていた。地元の住人や企業はこれを嫌がり市当局に働きかけ、当局は夜10時を門限とする夜間外出禁止の措置をとった。

これに対して若者達は1966年11月12日の夜、クラブのひとつ「パンドラズ・ボックス」の周辺で1000人規模のデモ集会が開かれ、警官隊と衝突。結果パンドラズボックスは閉鎖に追いこまれた(このデモには俳優のジャックニコルソンも参加してたらしい)。

 

この一部始終に対する抗議の意をこめてスティルスは「For What It's Worth」を作りシングルとしてリリース。これが反響を呼び、初版の1stアルバムには収録されていなかったが再発された際にはこの曲が収録された。以降彼らの代表曲となる。ド級の名曲である。

 

恐縮ですが僕がやってるバンドでも過去にこの曲をカバーしたことも。

Buffalo Springfield cover - YouTube

 

 

「For What It's Worth」がヒットし、さぁここからツアーに2ndアルバムの制作、というところでベースのブルースパーマーがマリファナ所持でカナダに強制送還。アメリカの西へ東へ忙しくなったバンドに数々のセッションベーシストが参加するわけだがマザーズオブインヴェンション(フランクザッパのバンドね)でリズムギターを弾いていたジムフィルダーが正式に加入する(67年6月にブルースパーマーが不法入国して無事?復帰。ちなみに同じカナダ人であるニールヤングもこの時期不法滞在の身分)。

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パーマーの強制送還、バンドとプロデューサーとの対立、スティルスとヤングの対立、色んな要因が重なって2ndアルバムの制作は難航する。

6月にパーマーが復帰し、モントレーポップフェスティバルに出演する。この時今度はヤングが一時的に脱退していて、モントレーではデヴィッドクロスビー等がサポートを務めた。

 

話は変わるがスティルスBuffalo SpringfieldモントレーポップフェスティバルにCSN&Yでウッドストックフェスティバル、オルタモントフリーコンサートに出ている。この3つの伝説的フェス全てに出てるのはスティルスくらいじゃないだろうか。面白いのがならばキャリアを共にしていたヤングも3つ出てるはずなのに、オルタモント1つしか出ていないこと。

 

結局ヤングは10月に復帰し、12月に2ndアルバム「Buffalo Springfield Again」をリリース。

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SIDE1

1.Mr. Soul(Young)
2.A Child's Claim To Fame(Furay)
3.Everydays(Stills)
4.Expecting To Fly(Young)
5.Bluebird(Stills)

SIDE2

6.Hung Upside Down(Stills)
7.Sad Memory(Furay)
8.Good Time Boy(Furay)
9.Rock & Roll Woman(Stills)
10.Broken Arrow(Young)

 

そんなゴタゴタの中作られた2ndアルバム「Buffalo Springfield Again」だが彼らの最高傑作として名高い。この時期のウエストコーストはバーズがフォークロックブームを巻き起こした後、ドアーズ、グレイトフルデッド、ジェファーソンエアプレーンなどがサイケデリックロックブームを巻き起こし熱気を帯びていた。

ティルスと親交深いジミ・ヘンドリックスがエクスペリエンスを率いてデビューし、ビートルズがサージェントをリリースしたのもこの年だ(このアルバムも前回言った所謂「サージェント症候群」の一員に数えられるアルバムである)。そんな加速するロック界の熱気を存分に吸収して吐き出したのがこの2ndアルバム「アゲイン」である。

 

裏ジャケットが面白くて、このアルバムを作るにあたって彼らがインスピレーションを受けたミュージシャン等をずらりと書かれてある。

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ジミヘンやクラプトン、フィルスペクターの名があったり、ストーンズやバニラファッジの名もある。ロバートジマーマンとボブディランも本名で書かれてある。

これ、全アーティストの全アルバムに記載してほしい。面白い。

 

そんな67年までのロック界の集大成とも言えるこのアルバムだがスティルスが4曲、ヤングとフューレイが3曲ずつの10曲。3人それぞれのソロワークを寄せ集めたような感じで、ジャンルもカントリー、フォーク、ブルースといったアメリカ音楽のルーツを基本にしながらも、ジャズ、ソウル、R&B、南米民族音楽、クラシックと幅広すぎてバラバラ。なのにアルバム全体通して素晴らしいものに仕上がってるんだからすごい。

 

ティルス、ヤング、フューレイと3人のソングライターがいるが大まかなイメージとしてスティルスは多ジャンルを取り込めるインテリ秀才、ヤングは意外にも実験的なサイケデリックな側面を担い、フューレイが正にアメリカ的要素を担っている。という印象。

 

ティルス作品から。

3.EverydaysはYESが1stでもカバーしたジャズロック。スティルスは「「キャプテン・メニーハンズ」(Captain Manyhands) 」という異名を持つほどのマルチプレイヤーで、この曲でのピアノプレイも素晴らしい。

5.Bluebirdは彼のキャリアを代表するロックアンセムバンジョーをふんだんに使った後半パートでは南米音楽を取り入れている。

6.Hung Upside Downではオルガンもプレイし、ソウルフルな歌声を聴かせてくれる。個人的にブラインドフェイスやトラフィックのスティーブウィンウッドとスティルスのキャラが被ってると思っている(単純にスティーブ被りなだけかも)。

この曲で後にバンドに加入するジムメッシーナがエンジニアに参加してる。

9.Rock & Roll Womanはアンニュイなロックナンバー。バックでずっと鳴ってるコーラスが不気味で素晴らしい。クレジットにはINSPIRATION—David Crosby.とあるが何となくわかる。

 

 

ヤング作品。

初っ端の1.Mr.Soulはヤング流サイケデリックロック。この曲は後のソロ時代もライブで演ったりしてる曲。やっぱり彼のヘロヘロギターは唯一無二のものがある。

天才編曲家ジャックニッチェと組んだ4.Expecting To Flyはオーケストレーションを導入した名曲。フューレイが歌で参加してる以外は他のメンバーは一切関わっておらず、ヤングとジャックニッチェのプロジェクトとも言える曲である。もはや映画音楽と言えるアレンジで、実際1978年に公開されたハル・アシュビー監督の映画『帰郷』に使用された。

10.Broken Arrow(折れた矢)は若きニールヤングの才能が爆発したビートルズの「A Day In The Life」を彷彿させる組曲風の曲。冒頭に1曲目の「Mr.Soul」が再び流れたりする辺りかなりサージェントの影響が見られる。そこから観客の歓声が入り本編へと入っていくのだが、その歓声はビートルズのロサンゼルス公演のテープから使われたらしい。僕のこのアルバムで1番好きな曲。6と同じくジムメッシーナがエンジニア。

 

フューレイ作品。

2.A Child's Claim To Fameはドブロがフューチャーされたカントリーロック。おいしいフレーズやキメが満載。ってか演奏うめぇなぁ。

7.Sad Memoryはヤングがギターで参加してるものの完全にフューレイのソロプロジェクト。ラブミーテンダー並の雰囲気を醸し出すバラードソング。メンバーが関与しない曲がちらほらあり、メンバー感の不仲が目立つ中、Expecting To Flyといいヤングとフューレイは割と関係良好だったのかな?

8.Good Time Boyはドラムのデューイマーティンがオーティスレディングばりに歌うソウルナンバー。ホーンセクションも導入。

 

という10曲。まぁ1度聞いてみてくだされ。

 

 

この2ndは当時も割と反応がよく、ビーチボーイズのツアーに同行し全米を回りバンドの状況は上向きに!

が、68年1月にトラブルメーカーブルースパーマーが再び薬物所持で強制送還。代わりに2ndでエンジニアとしても参加していたジムメッシーナが加入。3rdアルバムの制作に入るがヤングは徐々にグループから離れていく。

そして3月にヤング、フューレイ、メッシーナの3人とエリッククラプトンが薬物使用で逮捕される。この事件により解散へ(スティルスが1人逃げたことも大きいと言われている)。

 

解散後、フューレイとメッシーナにより解散直前までに録音していた音源をまとめ上げ3rdアルバム「Last Time Around」を発表。この後のカントリーロックブームを予見する作品となった。

このアルバムに収録されているフューレイ作の「カインドウーマン」にラスティヤングがスティールギターで参加。この時の仕事をキッカケに3人は「Poco」を結成。ここからウエストコーストのカントリーロック界が広がっていく。

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ポコには当初、ベースに後にイーグルスを結成するランディマイズナーがいたがデビュー前に脱退。代わりにティモシー・B・シュミットが加入した。

どうゆうめぐり合わせなのか、面白いもので78年にランディマイズナーがイーグルスを脱退した時、またもや彼の後釜としてティモシー・B・シュミットイーグルスに加入した。ティモシーは後期イーグルスで「I Can't Tell You Why」などでリードボーカルをとっている。クソ名曲。

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70年にメッシーナがポコを脱退し、ヒゲ猿野郎ケニーロギンスと「ロギンス&メッシーナ」を結成。

74年にはフューレイが脱退し、バーズのクリスヒルマン、J.Dサウザーと共に「サウザーヒルマン・フューレイバンド」を結成。

Buffalo Springfieldの面々はCSN&Y,ロギンス&メッシーナサウザーヒルマン・フューレイバンドと名前を連ねただけのグループ名のグループにそれぞれ進んでいくんだな。

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サウザーヒルマンフューレイバンドに参加したJ.D.サウザーイーグルスのオリジナルメンバーでリーダーのグレンフレイとルームメイトでありそのアパートの階下にはジャクソンブラウンが住んでいた。

そんな繋がりからイーグルスのヒット曲「我が愛の至上」、「Victim of Love」、「Heartache Tonight」、「ニュー・キッド・イン・タウン」などを共作しておりウエストコーストを陰で支えた人物である。自身も「You're Only Lonely」などのヒット曲を飛ばしている。

同じアパートに住んでいたジャクソンブラウンは「Take It Easy」をグレンフレイと共作し、その曲でイーグルスはデビューしている(ブラウンも自身の2ndアルバムに収録)。

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こんな感じでBuffalo Springfieldから70年代ウエストコーストの重要人物へと繋がっていくわけでござんす。

 

実は2012年、7年前にもBuffalo Springfieldの2ndについてブログを書いてたんだけど、それを読んでみるとやっぱり随分見方が変わったなーなんて思ったり。

 

疲れた。5000文字過ぎたくらいから急激に集中力無くなるのね。歳かね。

ニールヤングのソロキャリアとか書きたいことは山ほどあるんだけど、キリがないのでここまで!

図はこんなん。

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次回どこいこうかなん。