ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成(関連図挫折中)

3-4 ピンクフロイドの奇跡

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このジャケットも誰しも見たことがあるんじゃないかな。この三角のプリズムのジャケットは「狂気(Dark Side Of The Moon)」という73年にリリースしてからBillboard 200に15年間(741週連続)ランクインし続けた化け物アルバムであり、それを作ったのがPink Floydピンクフロイド)というバンドである。

ピンクフロイドも前々回紹介したYES、前回のキングクリムゾンと同じく「プログレ5大バンド」の一角であるのだけれど、「プログレ5大バンド」ってワードをここ数回で何度も使っておきながら言うのもなんだけど、この仕分けを作った人は罪深いなぁと思うんだ。5大バンド!なんて言い方をされちゃうと何となくその5つのバンドの力関係は拮抗してるように思いませんか?

僕は好きなバンドを問われたら「ビートルズ!」と答えるか「ピンクフロイド!」と答えるくらいにはピンクフロイドが好きなんだけど、そしたら「へ〜プログレ好きなんだ、じゃぁイエスとかクリムゾンも?」と来るわけだ。大正解だ、ピンクフロイドプログレッシブロックの代表的なバンドだし、僕はイエスもクリムゾンも好きだ。だけども何か引っかかるなぁ…

プログレッシブロックというジャンルのブームは70年代前半の4〜5年と短命であったし、その特徴である曲の長さや難解なテーマによって今では一般的にはやっぱり少しマニアックな部類のジャンルである。そんなジャンルの5大バンドに括られてしまったことで、「ピンクフロイドってマニアックなプログレってジャンルの中での頂点だよね」って思われんじゃないかって心配で心配で夜も眠れないのだ。ピンクフロイドの偉大さがちゃんと伝わってないんじゃないかって。

「んなことお前に言われんでもわかっとるわ」

「ってか別にプログレマニアックじゃねーよ」

「あなた自身がぁそう思っているからぁそんな心配生まれるんじゃないですかぁ?」

老害乙。」

という様々な皆さんの罵声を無視して進めていきます。

世界で最も売れたアーティスト

数字の話なんて別にほんとはしたくはないんだけど…

世界中でのレコード、CDの売り上げ枚数(予測込みのおおよその)の1位はもちろん「ビートルズ」であり、5〜6億枚売れてるとされている。

次いで2位が「エルビスプレスリー」5億枚

3位「マイケルジャクソン」3〜3.5億枚

4位「マドンナ」2.75〜3億枚

5位「エルトンジョン」2.5〜3億枚

6位「レッドツェッペリン」2〜3億枚

7位「リアーナ」2.3〜2.5億枚

……おい、ちょっとまてよ!リアーナ?!すごいな。おれ、同い年くらいじゃないかな…最近ってCD売れんくなったってのが常識じゃないん?いきなり時代飛んだからびびったわ。

そして8位が2〜2.5億枚で「ピンクフロイド」である。ちょっとリアーナで霞んじゃったけど、ピンクフロイドがどれだけ偉大かおわかりになるだろうか。ローリングストーンズやイーグルスやマライアキャリーやホイットニーヒューストンよりも売れてんだぜピンクフロイド

えっと、何を言いたかったんだか…そう!だからピンクフロイド好きっていうのをマイノリティ扱いすんなって話!いや誰もしてないか。

3-4 ピンクフロイドの奇跡

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さて3章はプログレ。もちろん避けては通れないピンクフロイド。僕の最も好きなバンドの1つ(最も好きな〜の1つってゆー英語的言い方矛盾してて好き)である。

図で繋がってるのはブリティッシュフォークの父、プロデューサーであるジョーボイドが開いたロンドンのアングラの聖地「UFOクラブ」で黎明期を駆け抜け、ジョーボイドプロデュースの元、デビューシングルをリリースした。というところまで。

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3章は前回前々回とイエス、キングクリムゾンと見てきてプログレの特徴の1つでもあるメンバー入れ替えの多さに嫌気がさしていたが、ピンクフロイドは比較的メンバー入れ替えの少ないバンドである。

始まりは65年、建築大学の同級生だったロジャーウォーターズ、リチャードライト、ニックメイソンが「シグマ6」というバンドを結成したこと。そこにウォーターズの幼いころからの友人であるシドバレットとリードギターのボブクロースが参加してバレットが好きだったピンク・アンダーソンとフロイド・カウンシルという二人のアメリカのブルースミュージシャンの名前からバンド名を「ピンクフロイドサウンド」に。バンドはブルースの他にフーやストーンズのコピーを演奏していたがボブクロースが脱退し「ピンクフロイド」とバンド名を改めた。ボブクロースの代わりにシドバレットがリードギターを担当し、精力的に作曲を始め、シドバレットがバンドを先導していくこととなる。

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デビュー(サイケデリック期)

67年サイケデリック全盛の時代にUFOクラブというアンダーグラウンドシーンで精力的に活動する。この頃、同シーンにはプロコルハルム、ムーブ、トゥモローなどがいた。

ピンクフロイドはシドバレットのサイケデリックサウンド、リキッドライトという照明技法、長時間繰り広げられる即興演奏などで着実に人気と評価を獲得しUFOクラブのマネージャーであったジョーボイドプロデュースの元、1stシングル「アーノルド・レーン」でEMIからデビュー。全英20位とまずまずの結果だったが続く2ndシングル「シー・エミリー・プレイ」は全英6位のヒットを記録。

同年1stアルバム「夜明けの口笛吹き(The Piper at the Gates of Dawn)」をリリース。これがサイケデリックロックを代表する名盤となる。

夜明けの口笛吹きはこの時期のライブの定番曲であった「天の支配(Astronomy Domine)」を筆頭に極上のサイケデリックポップで彩られている。このアルバムをレコーディングしている時に横のスタジオでビートルズが「サージェントペパーズ」をレコーディングしていたのは有名な話で、ポールマッカートニーがピンクフロイドのスタジオを覗きにきて「彼らにはノックアウトされた」と言ったとか言わないとか。

ライブでは20分近くにおよぶアドリブを披露していたというインスト曲「星空のドライブ」も収録されているが、ザ・フーのピートタウンゼント曰く「ライブでの本来の力を発揮できていない」らしく当時のライブがどれほどのものだったか想像できる。

シドによる絶妙なサイケセンスとポップセンスが光る1stだが、この時期は完全にシドバレットのワンマンバンドであり、顔もよく気さくで誰からも愛される存在であったシドはアイドルと呼べるほどの人気であった。しかしその反面通っていた芸術大学の教授と共に自らでドラッグの調合を試み研究するほどの麻薬中毒者であり、過度なLSD摂取により奇行が目立ち始めバンド活動に支障をきたし始める。

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(シドバレット)

68年にシドの役割の代役としてシドの友人であるデヴィッドギルモアが加入する。シドはライブに参加せず、曲作りに専念してもらう(ビーチボーイズにおけるブライアンウィルソンとブルースジョンストンの関係)つもりでのギルモアの加入であったが、シドの状態は想像以上に酷く、結局バンドから解雇されることとなる。

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シドは70年にピンクフロイドのメンバーとソフトマシーンのメンバーの助けを得て「帽子が笑う…不気味に」と「その名はバレット」という2枚のアシッドフォークの名盤となるアルバムを残すが70年半ばには隠居生活に入る。精神病に苦しみながら30年間静かに暮らしていたが2006年に糖尿病からの合併症で死去。60歳だった。

シドバレットについてはまた個別に書きます。スターズのこととか!

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シドバレットを失って「神秘」

さぁ完全なる中心人物を失ったピンクフロイドだが、ギルモアを迎えてバンドは続行。この時周りの人間は「シドなしでどうやって続けるんだよ」と笑ったらしい。それもそのはずでシドはほぼ全曲を作詞作曲していて人気と評価の要因はほぼシドによるものであったのだから。しかしここにピンクフロイドの奇跡がある。

ベーシストのロジャーウォーターズを筆頭にリチャードライト、ニックメイソン、そして新たに加入したデヴィッドギルモアの所謂「モブ」4人はここから2億5000万もの売り上げを誇る化け物バンドへと変貌を遂げるわけだ。誰もそうなるとは想像もしなかっただろう。後に彼らが打ち出していく深く重いテーマはシドの喪失に起因することが大きく、そういったことで伝説化していくシドバレットという男のことばかりを「シド信者」である僕なんかは追ってしまうのだが、それ以前にピンクフロイドはシドバレットに勝るとも劣らない才気を秘めたやつらの集団だったのだ。

その才気が爆発するのはもう少し先の話で。まずはシド脱退後から。

68年4月新体制になってからの4人はリチャードライト作曲のシングル「It would be so nice」をリリースし、それ以降79年の「Another Brick in the Wall」までイギリスではシングルのリリースをやめる。68年の段階ですでにアルバムトータルでの作品作りに照準を合わし始めていたのだ。6月に2ndアルバム「神秘(a saucerful of secrets)」をリリース。

1stから繋がるサイケデリック色が残りつつもシドが得意とした直感的な即興演奏スタイルを捨て、建築学校出身の強みを生かした楽曲構成力に磨きをかけた(これよく言われるけど、果たして学校関係あるのか…)。ロジャーウォーターズ曰くピンクフロイドは常に「建築家のロジャーとニック、音楽家のデイヴとリック」という構図になっていたらしい。

3月に脱退したシドバレットだが3曲だけ関わっている。ウォーターズ作の「太陽讃歌」はバレットとギルモアのどちらもがレコーディングに参加しており、5人揃って音を出した唯一の曲で、ライト作の「追憶」、バレット作の「ジャグバンドブルース」はバレット在籍時のレコーディングである。

ウォーターズとライトの楽曲はシドバレットの影を追いつつも後々ピンクフロイドの代名詞となるアンビエントへと通ずる浮遊感と幻想的な雰囲気をすでに持っていて素晴らしいがやはりこのアルバムの目玉はタイトル曲である「神秘」だろう。プロデューサーのノーマン・スミスはレコーディングの終盤になり「レコーディングのご褒美に、アルバムの12分間だけ、自分たちの好きなようにプレイしてよい」と言い、出来たのが12分に及ぶインスト曲「神秘」である。クレジットは4人全員の名前が並べられているが実際の作曲者はデヴィッドギルモアで、ギルモアのアイデアを建築家チームの2人が組み立てた「戦争」がテーマの起承転結の4部構成の組曲である。

僕はこの「神秘」がサイケデリックと後のピンクフロイドの両方の要素を兼ね備えたアルバムとしてお気に入りで、「saucerful of secrets」saucerは受け皿の意であるので、「溜まり溜まった秘密が溢れ出して受け皿に溜まったもの」が即ち「神秘」なんだな、なんてわかったようなわからんようなことを思いながら聞いているのだ。

スペースロック、実験音楽

69年にはバルベ・シュローダー監督の映画『モア』サウンド・トラックを制作。サントラではあるが3rdアルバムと数えられるだろう。8日で仕上げたというアルバムだが2曲目の「The Nile Song」なんかはピンクフロイドらしからぬハードな曲で、まるでヴァニラファッジのようである。とはいえ持ち前の浮遊感漂うサウンドは散りばめられており、正直曲自体の力は弱くともスペースロックとも呼ばれるピンクフロイド特有のこの雰囲気さえあれば良し、と思わせられる。この雰囲気を作っているのがデヴィッドギルモアのギターとリチャードライトの鍵盤だろう。リチャードライトは同じプログレ界隈のELPのキースエマーソンやイエスのリックウェイクマンのようなバカテクキーボーディストではないが雰囲気作りがとにかく上手いんだよなぁ。

同年2枚組アルバム「ウマグマ」をリリース。

1枚目がライブ音源、2枚目が各メンバーのソロ作品という構成になっている。公式で当時のライブを体感できる貴重な音源であり、ソロ作品ではそれぞれ各メンバー1人のみが演奏しており、内容もかなり実験的なもので実験音楽といえるものである。

 

プログレ期:原子心母とおせっかい

1970年に「原子心母(Atom Heart Mother)」をリリース。全英初登場1位となる。タイトル曲「原子心母」はギルモアによるアイデアをバンドが形にしていき、前衛音楽家のロンギーシンによるオーケストラを大胆に取り入れたアレンジによって仕上げられた23分にもおよぶ壮大なスケールのインスト曲であり、この曲によって初めてピンクフロイドは「プログレッシブロックを牽引するバンド」となる。

B面にはウォーターズ作の「if」、ライト作の「サマー68」ギルモア作の「デブでよろよろの太陽」とそれぞれ素晴らしいメロディを持ったフロイドらしからぬ毒気のないあっさりとした曲が収録。これがよりA面「原子心母」の強烈さを引き立てる構成となっている。

この牛のジャケットは有名であるがヒプノシスによるものである。ヒプノシスピンクフロイドやレッドツェッペリンを始め数々のアルバムのジャケットを手がけたアートチームであるのだが、ヒプノシスの中心人物であるストーム・ソーガソンとシドバレットは高校の同級生であり、ロジャーウォーターズとも友人であった。

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そのことからヒプノシスは68年に「神秘」のジャケットを手がけ(アルバムジャケットとしての初仕事)、それ以降アルバムアート専門で仕事をしていくことになる。

そんなヒプノシスにとっての最大の転機がこの「原子心母」であり、一見意味不明なこの牛のジャケットのアルバムが売れたことにより自由に仕事がやれるようになった。誰も彼らのアートに口出しできなくなったわけだ。

71年には「おせっかい(meddle)」をリリース。

前作原子心母ほどセールスは伸びなかったが、プログレッシブロックの代表格としての立ち位置を完全に決定付けた1枚であり、バンドにとって大きな一歩を踏み出した1枚である。というのも68年「神秘」は数曲シドが参加していたし、シド脱退後の69年「モア」はサントラ、「ウマグマ」はライブ音源とソロ曲の構成、70年「原子心母」はロンギーシンによるオーケストラアレンジ、といった感じなのでこの71年「おせっかい」が初めて本当の意味でバンドメンバー4人だけで完成させたオリジナルアルバムになるというわけだ。

そんな「おせっかい」は不気味なインスト曲「吹けよ風、呼べよ嵐(One of these days)」から幕を開ける。この曲は人気プロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマとしても有名。

ギルモア作の「A Pillow Of Winds」,ウォーターズ作「Fearless」と暖かみのある名曲が続くがこのアルバムで1番大事なのは「原子心母」と同じく23分にも及び、レコードのB面を丸々占めた大曲「エコーズ」である。バンドにとって「この曲で初めてクリエイティビティを獲得した」と自信を得ることになった1曲である。その反面その自信曲が本国イギリスであまりヒットしなかったことにウォーターズはショックを覚えた。

とはいえ「エコーズ」は「狂気」以前のフロイドの代表曲であり、後に発売されるベストアルバム『エコーズ』のタイトルにもなっている。

響き渡る鐘?の音、印象的なギターフレーズとギルモアとライトにより歌われる崇高なメロディは僕を太古の世界へと誘う。

僕はピンクフロイドを聴くと「太古」を思うのだが、神聖さを持つメロディや音色、雰囲気、色々な要因があるのだろうが恐らく1番の要因はイタリアの古代都市遺跡「ポンペイ」で行ったライブ映像のイメージが大きいのだろう。

ポンペイは西暦79年に火山の噴火によって地中に埋もれてしまい、18世紀になってやっと発掘された遺跡である。ピンクフロイドはそんな古代都市ポンペイにて観客0のライブを行った。ウッドストックフェスティバルなどの何万人もの人を動員するコンサートの真反対の方向のパフォーマンスを行った様子は「ライブ・アット・ポンペイ」として72年に公開された。

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この映像はDVD化もされてるし、youtubeにもあるので是非1度。古代都市に向かって叫ぶギルモアの姿は必見。このライブで「神秘」や「太陽讃歌」などの曲と共に当時新曲であった「エコーズ」を演奏している。この映像により僕はこの時期のピンクフロイドに太古を感じるのだ。

ジャケットはもちろんヒプノシスで、耳の写真と波紋の写真を重ねて耳に広がるエコー(波紋)を表現したものである。

月の裏側の「狂気」

「おせっかい」ツアーを終えた71年末ごろになるとウォーターズは次作で人間の内面に潜む狂気を表現することを思いつきバンドは組曲を作り始める。72年、「狂気」の制作とツアーの合間を縫って69年にサントラを手がけた「モア」と同じバルベ・シュローダー監督作品「雲の影」のサントラを2週間で仕上げる。そんな多忙なスケジュールの中、半年間をかけてまさに「完璧」なコンプリートアルバム「狂気」を完成させる。

Dark Side of the Moon

Dark Side of the Moon

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73年3月「狂気(Dark side of the moon)」リリース。4月に全米1位を記録するとそこからBillboard 200に15年間(741週連続)にわたってランクインし続け、さらにカタログチャート(リリースから2年以上が経過したアルバムのチャート)では30年以上(1,630週以上)に渡ってランクインするというロングセラーのギネス記録を打ち立てた歴史的なアルバムである。日本でも2位を記録し、全世界で5000万枚以上売り上げている(まだ伸びるだろうな)。

テーマは人間の内面に潜む狂気であり、このアルバムからロジャーウォーターズが全曲を作詞することになる。狂気、というとかつてのリーダーであり狂人になってしまったシドバレットを思うし、シドについてのアルバムだと考察する人もいるが僕はもっと普遍的なものだと思っていて、人間ならば誰しもがどんな聖人でも心の奥底に持つ狂気を歌ったんだろう。

全10曲であるが全ての曲が繋がっており10部構成の1つの組曲である(A面とB面の切り替わりだけ音が途切れるがそのレコードをひっくり返す時間にすら意図があると言われている)。

10曲もの曲を繋ぐ上で大きな役割を果たしているのがSE(笑い声、会話、爆発音、振り子時計の音、飛行機のSEやレジスター、心臓の鼓動など)であり、サンプラーがない時代なので録音した音をひとつひとつテープに貼り付けるという原始的な手法で組み立てられた。これはエンジニアのアランパーソンズによるところが大きいが、ドラムのニックメイソンが得意とした技法でもある。

内容はニックメイソンによるテープコラージュ「Speak to me」から始まり、心臓の音、人の話し声、奇妙な笑い、ヘリコプターの音が重なっていき、最後に発狂したところで生命の誕生、「Breathe(生命の息吹)」へと入る。主人公の誕生から成長していく過程を悲観的に歌いあげると早送りとも巻き戻しともとれるようなシンセのフレーズとSEが4分ほど続く「On the run(走り回って)」。ほんの4分弱の時間だが永遠に感じるほど時が戻ったのか進んだのかどちらにせよ長き時間を超えた先に終わりを告げるのか始まりを告げるのか鐘の音が鳴り響き「Time」が始まる。時の流れの残酷さを歌い、そして一周して「Breathe (Reprise)」へと還ってくるのだ。すると次は世界の虚無を清々しく嘆く「虚空のスキャット」(スキャットしてるのはClare Torryという女性シンガー)。ここでA面完。凄まじいのよまじで細かい気遣いが半端ないなぁって聞くたびに思う。思想はウォーターズによるものだけど、やっぱりTimeでのギルモアのギターソロとか何か世界の真理みたいなもんが乗り憑ってるもん。

B面は「Money」から。いきなり場面は現代社会へと移りレジスターの音(ジーガシャン、チャリンチャリンみたいなレジの音、このSEを作るのに約1か月費やしたらしい)が繰り返され、それがリズムとなりバンドが入ってくる。基本はブルースだがアイデアに溢れた名曲。タイトル通り金がもたらす狂気を歌い、続く「Us and them」では「私たち」と「彼ら」、自己と他者との対比から戦争や争いというテーマへそこに絡む金。人間の汚さに触れた重いテーマからそれでも希望はあるのかとインストナンバー「 Any Colour You Like(望みの色を)」、そんなギリギリのところで生きている人間のすぐそばに狂気は身を潜めていると「Brain Damage(狂人は心に)」。ラスト「Eclipes(狂気日食)」では全ての物や事象の調和をとっている太陽が月によって侵食されていると歌い物語は終わる。エンディングにはGerry O'Driscollによる「There is no dark side of the moon really. Matter of fact it's all dark(本当は月の暗い側なんて存在しない。実のところ、すべてが闇そのものだから)」という台詞が入っている。

「マネー」はとにかくレジスターと7拍子のビートの絡みの面白さとベースリフのかっこよさ、そしてギルモアのかっこよすぎるギター、完璧。この曲をきっかけにアメリカでの人気が決定的になった。

「アスアンドゼム」はライト作の美しくもあり感情的でもある名曲。

「狂気日食」でのウォーターズの歌詞は文章ではなく単語を羅列するというスタイルをとっていて、後の作品でも何度かこの作法は出てくる。

このアルバムによって頂点を極め億万長者となったピンクフロイドはいくつかライブをこなした後、長期休暇に入りメンバーは各々好きなことをして過ごす。

74年にツアーのため活動を再開し、「Shine on you crasy diamond(クレイジーダイヤモンド)」を含む3曲の新曲も出来上がった。その3曲を軸に次のアルバムの制作に入ろうとしたが、そのツアーでの演奏の海賊盤が出回り15万枚ものセールスを記録してしまう。それによって新たな曲に差し替えることを余儀なくされ、75年に入り始まったレコーディングはメンバーの集中力が切れもあり困難を極めた。

結果的に大作である「クレイジーダイヤモンド」を1曲目と最後の2部に分けて新たに作った3曲を間に挟む構成となった。

75年9月、「狂気」から2年半ぶりとなるアルバム「Wish you were here(炎-あなたがここにいてほしい)」がリリースされた。

シドに捧げたアルバム

Wish You Were Here

Wish You Were Here

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このアルバムはシドバレットに捧げたアルバムとして有名である。13分に及ぶ「クレイジーダイヤモンド パート1〜5」が1曲目、12分の「クレイジーダイヤモンド パート6〜10」がラスト5曲目で、間に「ようこそマシーンへ」「葉巻はいかが」タイトル曲の「Wish you were here(あなたがここにいてほしい)」の3曲を挟んだ構成である。

クレイジーダイヤモンドがシドバレットのことを歌っているのは明白でありサビの部分は特に顕著である。

「遠くで君を笑う声がしても、
君を知る者はいない、君は伝説で、苦しんでいる、それでも輝け!」

「君は自由だ、君は未来を見て、絵を描き、口笛を吹き、捕らわれた、それでも輝け!」

「君は子どもで、勝者でもあり負け犬でもある
君が掘り出すのは真実か、妄想か
それでも輝け」

シド在籍時の唯一のアルバム「夜明けの口笛吹き」から口笛を連想できるし、美術大学出身のシドは絵描きであった。クレイジーダイヤモンド、狂ったダイヤモンドであるシドに向けての悲しみと応援の入り混じった曲である。

この2部合わせて25分に及ぶ大曲の素晴らしい点はたくさんあるのだが、やはり1部冒頭にて何度も「ラ# ↑ファ ↓ソ  ↑ミ…」と響くギルモアによるギターであろう。開放弦を使った不思議な響きを持ったアルペジオを初めて弾いた時のことを「まるで誰かを呼んでるような響きに聞こえたんだ」とインタヴューで振り返っている。

3曲目の「葉巻はいかが」では古くからの友人であり隣のスタジオレコーディングをしていたロイハーパーがゲストボーカルとして参加している。ピンクフロイドの面々の歌は下手ではないしもちろん好きだがロイハーパーが歌ったこの曲なんかを聞くと、「あーやっぱ歌上手いなぁ」って思ってしまう。

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タイトル曲「あなたがここにいてほしい」はウォーターズが先に歌詞を書き、ギルモアが曲を付けた。こちらも今「ここにいない」誰かを悲しみ切望している曲である。イントロのアコスティック12弦ギターとアコスティックギターの

掛け合いが切なさを上手く表現している。

「僕たちはまるで金魚鉢をグルグル回る2つの魂だ」と二度と混じり合うことない悲しみを歌っている、それでもあなたがここにいてくれたらなぁと嘆くのだ。

しかしロジャーウォーターズはシドに捧げたアルバムであることを後に否定している。そこから着想を得たことは間違いないだろうが、もっと普遍的な誰にでもある別れをテーマとしたものだ、と。

ロジャーウォーターズ始めピンクフロイドのメンバーがシドバレットの喪失を歌ったアルバムではなく、1人の人間が別の1人の人間を失うということに関する悲しみを歌ったのである。

ギルモアは優しくて情に熱い男という印象だが、ロジャーウォーターズって正直「いけ好かない奴」って感じなんだけど、彼のこのアルバムについてのインタヴューで彼のことを好きになった。こんなことを言っているのだ。

「(大事な人の喪失について)現代社会ではそれがどんなに悲しくとも完全に心からかき消してしまうという事が唯一の対処法だ。私はそのことがとてつもなく悲しい事であると気づいた。」

失った悲しみよりも、その悲しみを乗り越えるためには忘れることでしか対処できないことが悲しいというのだ。ほんとそうだよロジャー。

これは有名な話だが、このアルバムのレコーディング中のスタジオに何の連絡もなしにシドバレットがいきなり訪ねてきたのだ。眉毛を剃り落とし、髪を丸めて、丸々と太った男を最初誰もシドだとは気づかなかったらしい。その男がシドであることを聞かされたメンバーやスタッフは悲しみをこらえ切れずスタジオのあちらこちらでみんなが涙を流していたらしい。一方のシドは何も理解できてない様子で「僕はどのパートのギターを弾けばいいんだい?」と聞いたという。

この辺の話は2003年のシドのドキュメント映画にて詳しく見ることができる。ギルモアはインタヴューでこの時のことを振り返りながらまた涙を浮かべていた。ピンクフロイドのメンバーにとってシドは仲間であると同時に憧れの存在であることがそのドキュメントを見るとわかる。「狂気」を作り上げた奴らが「シドは天才だシドは天才だ」ってずっと言ってるんだから。結局このスタジオでの会合以来2006年にシドが死ぬまでメンバーは誰もシドと会うことはなかったらしい。

アルバムは全英全米共に1位を記録し、全世界で2200万枚を売り上げた。

 

ロジャーウォーターズ独裁期

ちょっと熱くなりすぎて、もう11400文字も書いてる。まだあるんだけどな。さらっと行きます!そして繋がり全然出てこないなピンクフロイド。あ、繋がりでいえば「嵐が丘」(日本ではTV番組「恋のから騒ぎ」のオープニングテーマで有名)で有名なケイトブッシュを発掘したのはデヴィッドギルモアなんだよね。

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あとはシドバレットの母親が実家を貸し出してた時があってそこに下宿してたことがあるのが当時イギリス留学中の元総理大臣小泉純一郎ってくらいかな。

バンドの主導権は完全にウォーターズのものとなっていく。77年に人間を動物に例えた社会批判的なコンセプトアルバム「アニマルズ」をリリース。

犬がビジネスマン、豚が資本家、羊が労働者に例えられている。上で書いた「Wish you were here」リリース前に海賊盤が流出してしまったために「Wish you were here」への収録を見送られた2曲が「ドッグ」「シープ」へと形を変えて収録されている。そこに「ピッグス(3種類のタイプ)」と「翼を持った豚(パート1)」「翼を持った豚(パート2)」を加えた5曲構成。

ウォーターズの独裁によってかピンクフロイド特有の浮遊感漂うサウンドがなくなり、ハードでタイトなサウンドになっている。イメージとして元々ウォーターズとメイスンのリズム隊はタイトなのよ、そこにギルモアとライトの浮遊系上物が乗っかって化学反応起こしてたのに、ここらからギルモアとライトの持ち味が排除されていくのよね、曲はいいのに勿体ない。とはいえ売れた。

この後のツアーの最終日カナダモントリオール公演にて前列の態度の悪い客にウォーターズが演奏中に唾を吐きかける事件が起こる。この自分の行動に対して強いショックを受けながらも「ステージの前に壁を隔てて自分の嫌悪感を表現しよう」というアイデアが湧いてくる。

これをもとに制作に入ったのが学校生活や社会の中での様々な「壁」をテーマとしたロックオペラ「The Wall」である。

1979年リリース。1973年のアルバム『狂気』と同様に基本的にすべての楽曲が繋がっており、2枚組全曲を通してひとつのストーリーになっている。

物語はロックスターと思われる主人公“ピンク”という男の人生についてであり、その過程の中で感じる抑圧や疎外感を「壁」に例えながら進めていく。このピンクは基本的にロジャーウォーターズ自身がモデルであるだろうが、ロック・スターとして成功しながらもドラッグに溺れて精神が破綻していく姿などには、シド・バレットの姿も重ねられている。

このアルバムからのシングル「Another Brick In The Wall (part II)」も全英全米共に1位を獲得し大ヒットした(曲単体でいうとこの曲がフロイドの1番有名な曲なんじゃないかな?)。

「The Wall」は「狂気」以来のメガヒットとなり、ビルボードによると15週連続1位を記録。アメリカだけで2300万枚を売り上げ(2枚組アルバムは1セットで2枚売り上げの換算)、これは同じく2枚組で2000万枚の売り上げている『ザ・ビートルズ1967年〜1970年(通称青盤)』を上回るもので、ウォールは「世界で最も売れた2枚組アルバム」とされている。

ウォーターズの独裁は止まらず、メンバーとの溝は深まる。共同プロデューサーとしてボブエズリンを招き、セッションミュージシャンも多数参加した。このレコーディング中にウォーターズはついにリチャードライトを解雇している。

このアルバムのコンサートでは実際にステージと客席の間に壁を築くパフォーマンスが行われたがまだ公式に映像はリリースされていない。おれ待ってる!

83年にファイナルカットをリリース。

もはやこれはロジャーウォーターズのソロ作品だと言われることが多い。リチャードライトも脱退し、ギルモアとメイスンとももう活動できないと感じていたウォーターズはこれをピンクフロイド最後の作品にすると決め、リリース後脱退。そして一方的にピンクフロイドの解散を宣言する。この決裂は国際裁判にまで発展していくことになる(あーもーやだやだ)。

 

ギルモア期

ピンクフロイド」というバンド名の使用について残ったメンバーとウォーターズの間でのガチ裁判がなんとか終わりギルモア主導のピンクフロイドが始まる。解雇されていたリチャードライトは結局サポートミュージシャンという形で復帰し、87年に「鬱」をリリース。

他にもトニーレヴィン(キングクリムゾン)やカーマインアピス(ヴァニラファッジ)、ジムケルトナー(プラスティックオノバンドなど)が参加しておりギルモアの交友関係の豊富さが伺える。

ウォーターズはこのアルバムを酷評し、内容に否定的なメディアも少なくなかったが全英全米3位を記録しシングル「Learning to fly」もヒットした。

94年には「対」をリリース。リチャードライトが正式に復帰したこのアルバムは世界で1000万枚を売り上げる結果となる。

ギルモアギター大好きなんだけど、やっぱりウォーターズとギルモアの感性が上手く噛み合ってた時がよかった。ギルモア期は得意の泣きのギターが泣きすぎててどうも。

 

2006年にシドバレット死去。

2008年にリチャードライト死去。

 

リチャードライト追悼の意を込めて93年「対」でのライトのセッション音源を元にしたほぼ全編インストゥルメンタルアンビエント作品「永遠」を2016年にリリース(近々ちゃんと聞きます)。これがピンクフロイドの最後の作品だとギルモアが明言している。

ちょっと後半急ぎ足だったけどこんな感じ。ピンクフロイド、熱くなりすぎて14000文字。こんなたくさん文書書いたことかつてない気がするわん。

ピンクフロイド、もしもあんまり聴いたことないならやっぱり「狂気」「Wish you were here」、もっと聞きたいなら「原子心母」「おせっかい」、サイケ期も気になるなら「夜明けの口笛吹き」「神秘」

「アニマルズ」「ウォール」は…まぁロックファンなら一応は聞いとくべきって感じですかね!

3章

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全体

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