バングラデシュ・コンサートがボブ・ディラン のベストライブ

お久しぶりです。
ロック史相関図を断念してからみるみるブログから離れてしまい、2年ぶりです。
ブログから離れてはいても、もちろん音楽は聴いておりました。
去年2024年は、2024年に買ったCD/レコードをレビュー形式でnoteに綴っておりました。
2024年はポールサイモンのソロだったりキャットスティーブンスだったりを買って、かなりハマって聴いてました。
スティーブミラーバンドの2ndのレコードも買って、〝Dear Mary〟って曲に打ちのめされて、勢い余ってカバーしてみたりもしました。
そんなこんなで2025年も引き続きnoteで買った音源をレビューしていくつもりでしたが、持ち前の飽き性で途絶えてしまい、でもやっぱ書きたいなーとも思い、それでちょっとブログの方へ戻ってきた次第です。
お久しぶりです。
今年2025年に入ってから買ったものはまだ10枚くらいかと思うのですが、結構いい買い物をしてるなぁと思っていて、書き殴りたいことがたくさんあるんです。
ボブディラン のドキュメンタリー映画『コンプリート・アンノウン』についても書きたいことたくさんあるんです。
まぁそんなことで「ケンジロニウスの再生」、またちょろちょろ書けたらと。
バングラデシュ・コンサートがボブ・ディラン のベストライブ

ライブ盤をほとんど聴かないので重要盤を見逃してることが多々ある。それでも流石に気になるライブはあって、このバングラデシュコンサートがそうだった。
学生のころよく行っていた神戸近辺の中古レコードチェーン「りずむぼっくす」の芦屋店にこのあいだ久しぶりに行って、そこでバングラデシュコンサートの見本盤が1000円ほどで売っていたので購入。
「見本盤(サンプル盤)」を買ったのは初めてで、見本盤=ファーストプレス=音良い!、って認識なので得した気分なんだけれどどうなのでしょう。
ジョージハリスン自体、興味を持ったのが遅くて、2020年にジョージのドキュメンタリー映画『Living in the Material World』を観てからなので本当にここ5年くらい。
この映画でももちろんバングラデシュコンサートの話は描かれていて、それで買わないとなぁと思ってから約5年、ようやく手に入れました。
バングラデシュコンサートの背景

ライブアルバム名は『バングラデシュコンサート
』であるが、コンサートの正式名称は〝バングラデシュ難民救済コンサート〟となっている。
まぁジャケット写真から飢餓で苦しむ子供たちや難民を救うためのチャリティーコンサートであることは想像がつくが、ほんの少し当時のバングラデシュの状況について勉強してみた。
1947年にイギリスの植民地であった「英領インド帝国」からインドとパキスタンが独立(世界の大概のことの元凶は英国)。
パキスタンはインドの西隣の「西パキスタン」、インドの東端の飛地の「東パキスタン」に分かれて独立した(なんでそんなことなるん)。
人口では東パキスタンが優っているが、中央政府は西パキスタンに置かれた(まぁそんなこともあるわな)。
東パキスタンの大半がベンガル人であることから、西パキスタンによる政治的・経済的搾取を受け続ける(なんでなん)。
しびれを切らした東パキスタンが69年に独立運動を起こし、それを中央政府が武力制圧にかかったところで、元々パキスタンと仲が悪かったインドが東パキスタン側について71年に第三次印パ戦争が勃発したらしい。
結果として戦争はインドが勝ち、東パキスタンは独立に成功してバングラデシュとなるわけだけど、戦時中に大虐殺やレイプの被害を受ける(バングラデシュ大虐殺)。
さらにその戦争の直前の70年末にはポーラサイクロンと名付けられた大型サイクロンによって50万人が死亡するほどの被害を受けている。
そんなことでイギリスからとパキスタンからと、2度の独立を経てバングラデシュという国は誕生したわけだけど、難民に溢れかえり人口密度は異常に高く、未だにアジアで最も貧困な国であるとか。
とにかく71年のバングラデシュは見るに耐えない悲劇的な状況であったよう。
そんなことでジョージのシタールの師匠であり、心の師でもあり、インド人であるラヴィ・シャンカールがジョージに助けを求め、2つ返事で71年8月1日にニューヨークはマディソンスクエアガーデンでバングラデシュ難民救済コンサートが開催されたわけだ。
ラヴィがジョージに相談を持ちかけた正式な日付はわからないけど、「準備期間は数週間だった」という話があり、本当にこの時代のスピード感には驚かされる。
数週間の準備期間で4万人規模のコンサート、信じられん。
音響照明やらステージ機材やらの会場設備は、マジソンスクエアガーデンで数日前にライブをしたスティーブンスティルスのをそのまま借りれたらしい。この件に関して当日のステージでスティルスへの感謝を言い忘れたことをジョージは結構後悔していたとか。っていうかスティルスも呼べばよかったのに。
世界初のチャリティーコンサート
ともかくこのバングラデシュコンサートは後に続くライブエイドなどのチャリティーコンサートのはしりであった。
ただ準備時間が短かったこともあってか、チャリティーにもかかわらず売り上げに多額の税金がかかったり(ジョージはこのライブでこそTaxmanを歌うべきだった)、アランクレインが売り上げを着服したり (正真正銘のカス)と結構問題点も多いらしい。
まぁなんにしても8/1の昼夜2公演で4万人を動員し、さらにこのライブ音源のレコードは全米で6週間2位、全英で1位を取り、 推定25万ドル、現在の価値にして約150万ドルの寄付金が集まったとされている。
後々に映像作品などの関連作品が販売されているが、現在でも「ユニセフジョージハリスン基金」は存在し続けていて寄付は続いているとか。
とにかく偉すぎることだ。中古でこのレコードを買った自分が恥ずかしい(当たり前やけど基金に回らんので)。
ジョージの元に集まった豪華すぎるミュージシャン
ラヴィからの相談を受けてジョージはその広い交友関係を使って豪華すぎるミュージシャン達を集結させた。
ビートルズ時代の盟友リンゴ・スター、親友エリック・クラプトン、70年『All Things Must Pass』でもサポートしたビリープレストンにクラウスフォアマン、当時ジョージやクラプトンが熱中していたスワンプロックの長レオンラッセル、そしてボブディラン 。
当時ヘロイン中毒でどん底だったクラプトンの保険としてジェシエドデイヴィス。
ステージから長く遠ざかっていて「ステージ恐怖症」との噂があったボブディラン の保険としてバッドフィンガーの面々。
さらにジムケルトナーやジムホーンをはじめとする凄腕セッションマンやゴスペルバックコーラスを存分に揃えてライブが行われた。
ほんまに数週間の準備期間?よう集まったでほんま。
ライブ内容
さて、この度そんな3枚組のレコードを手に入れて聴いているわけだけど、やはりこの時代のライブ盤といった感じ。聴けないほどではもちろんないけど。
ライブ録音を担当したフィルスペクターによると本番3時間前にマイクが設置されて、てんやわんやの中始まったとか。
60年代70年代好きなんだけど、ライブ盤をあまり聴いてこなかったのはとにかく耐えれる音質のライブ盤が少ないところに原因があって。
それでもやっぱり音質関わらず響くものがあるのがライブで、やっぱ聴いとくもんだなぁと関心。
ライブは昼夜2公演行われたわけだけど、このライブ盤はその2公演からいいところをチョイスしたものみたい。後々になって出てるDVDとかには丸々入ってるみたいなので、やっぱり映像盤も手にしたいところ。
A面はまず発起人であるラヴィシャンカールとジョージの挨拶。

からのラヴィシャンカール率いるラーガ集団による〝Bangla Dhun〟。徐々にテンポを上げ拍数を増やしていく緊張感と浮遊感に溢れた15分を超えるインストゥルメンタル。やっぱええよなシタール。
B面から本編開始といった感じでジョージ登場。前年70年の『All Things Must Pass』から〝Wah-Wah〟〝My Sweet Lord〟〝Awaiting on You All〟。

ジョージの声が遠いのが少し残念だけど、バンドの豪華さとジョージの気持ちはバシバシ伝わります。
そしてビリープレストンの〝神の掟〟。

ビリープレストンは69年にビートルズ〈ゲッドバックセッション〉とアルバム『アビイロード』のレコーディングに参加。その繋がりでビリープレストンのアルバム『神の掟』はアップルレコードからリリースされ、プロデューサーはジョージが務めた。
『神の掟』、持ってないしちゃんと聴いたことなかったけど、キースリチャーズがベース弾いてジンジャーベイカーがドラム叩いてるのね。ほんでジョージとクラプトンがギターでしょ?
そんな『神の掟』のタイトル曲をバングラデシュコンサートで披露。音源並みに豪華なメンツを従えて。
この曲のみならず全編通して聴けるビリープレストンのオルガンはやっぱりしびれる。
しかし最後倍テンになるのはいただけない、最悪。笑
C面はリンゴの〝明日へ願い〟から。

これもジョージプロデュースでリリースされたリンゴの1stソロシングル。ジョージの〝My Sweet Lord〟に続いてジョンよりもポールよりも早く全米1位を獲得した曲でございますね。
ビートルズ時代のリンゴ曲と同様、クレジットはされてないがかなりジョージが作曲にも貢献してるとか。
そこから再びジョージタイムに戻って〝Beware Of Darkness〟〝 While My Guitar Gently Weeps 〟。
〝Beware Of Darkness〟からはレオンラッセルが登場。
〝ジェントリーウィープス〟は言わずもがなビートルズ時代の68年『ホワイトアルバム』に収録されたジョージの代表曲の一つだけど、オリジナル音源でもクラプトンがギターソロを弾いてることで知られる。
そんなこともあっていかにこの71年のクラプトンの状態が悪いかを堪能できるライブ録音になっている。笑
まぁこれはこれでいいんだけど。
D面はレオンラッセルパート。

ストーンズの〝ジャンピンジャックフラッシュ〟とコースターズの〝Young Blood〟のカバーのメドレー。
チャリティーコンサートとはいえ、他のメンバーを食ってやろうという気概溢れるパフォーマンス。当時のレオンラッセルのノってる具合が伝わる。
ミックジャガーに少し寄せた歌い方でジャンピンジャックフラッシュを歌い、途中MCだがトーキングブルースだかを挟んでヤングブラッド。
50年代に疎いのでヤングブラッドって曲を知らなかったけど、R&Bの名曲みたい。
ライブの盛り上がりが最高潮に達したところで、ジョージとピートハム(バッドフィンガー)の2人きりでの〝Here Comes The Sun〟。
これがめっちゃいい。まぁシンプルにライブ音源は音数少ないほうが綺麗に録れるんだけど。
いやしかしディランパートへのクッションとして完璧すぎる選曲と編成だと思う。
ボブディラン のベストアクト

そしてE面がボブディランパート。
前日リハーサルでも今回の不安要素であったクラプトンとディランは参加せず、当日もジョージは直前までディランが出てくるかわからなかったとか。タイムテーブルのディランのところには〈Bob?〉とクエスチョンマークがついていたとか。
バングラデシュ飢饉は戦争を起因としていることもあり、このコンサートにとってディランの存在はやっぱり大きい。そんな観点からもジョージはディランに〝風に吹かれて〟を望んだけど、ディランは難色を示したそう。プロテストシンガーを辞めた後、60年代半ば以降のディランを知ってるとそりゃ歌わないだろうな、と思う。
さらに69年のワイト島フェスティバルを最後に2年間ディランはステージに立っておらず、アメリカでは66年以降5年間ライブをしていなかったこともあって、〈ステージ恐怖症〉なんじゃないか、という懸念もあったとか。
そんな背景もあってディランが本当に登場するかはジョージにもわからなかったようだけど、ステージ袖に真剣な顔をして緊張した様子のディランが立っているのを見てステージに呼び込んだとか。観客爆発。
ディランパートは〝ハードレイン〟〝悲しみは果てしなく〟〝風に吹かれて〟〝ミスタータンブリンマン〟〝女の如く〟の5曲。名曲づくし。
結局風に吹かれてもやってくれた。
編成はジョージがギター、レオンラッセルがベース、リンゴがタンバリン、添える程度の。
とにかく信じられないほどディランのコンディションがいい。そんなに多くは聴いてないが、ディランのライブ音源の中で個人的には1番いい(ライブ盤は『Hard Rain』と『偉大なる復活』、『アンプラグド』くらいしか聴いてなくて、60'sはドキュメンタリー等の映像で見た程度だけど、あと10年前くらいに来日観に行ったか)。
ディランはとにかく66年以降アコースティックの弾き語りを嫌がったし、だから曲のビートをアレンジするし、歌い回しも変えるしコードも変えるし、挙げ句の果てには歌詞も変えるし。
ディランはレコーディングをその時の記録としか思ってなくて、別に曲そのものの完成/正解ではない、と言ってるインタビューをどこかで見たことがある。あくまでその時のセッションの記録でしかないと。
その考えもわかるが、どうしたってオリジナル音源が僕らにとっての〈その曲〉なのは変えがたい事実で、それを裏切り続けるのがディランのライブだったりするわけで。
だけどこのバングラデシュコンサートでは添える程度のバックはいるにせよ、歌とコードとリズムはほぼほぼ原曲に忠実で、それだけで感動もの。
さらにディランの声が良すぎる。瑞々しいというか透き通ってるというか、純朴というか。でもディランの唸りもちゃんとあって。
ディランの独特な発声と歌い回し(カエルみたいだと苦手がる人も少なくない)は彼の持ち味
だったけど、69年『ナッシュビルスカイライン』 で透き通った美声でカントリーを歌うディランに世間は驚かされた。「え、普通に歌えるんかい」と。
ディランの高校の頃のガールフレンドによると「昔はあんな声じゃなかった」らしく、ブルースに傾倒していく中でたどり着いたのがあのディランの歌唱スタイルだという。
どのアルバムか忘れたけど、ニールヤングもめっちゃ普通に歌ってるアルバムがあって、みんな声を作るんだな、声をセルフイコライジングするんだな、ということをディランとニールヤングから教わった。
続く70年『セルフポートレート』は美声と従来のディラン節を使い分けたアルバムになっていて、その翌年71年バングラデシュで声の完成に至った感じ。
ディランはいけいけギラギラの66年にバイク事故を起こし、ウッドストックに隠遁。
その後のザ・バンドとの『地下室』セッションや67年『ジョンウェズリーハーディング』はまだしも、『ナッシュビルスカイライン』と『セルフポートレート』は個人的には〈つまらない〉アルバムという印象だった。一言で言えば〈まるくなった〉という印象。
ディランが事故後どこまで生活が変わったのかはわからない。ツアーに追われる日々から解放され、世間の評価の目からも解放されたのは確かで、あとはドラッグを絶ったのか。タバコをやめたという話は聴いたことがある。結婚して子供も生まれた。
なんにしても〈憑き物がとれた〉というのが正しい表現で、今となってはバイク事故は逆によかったともよく言われている。
ただ僕みたいなイタいやつは世の中全てに敵意を持ったかなのような研ぎ澄まされたディランが好きで、憑き物憑きまくりで肩が重たそうなディランが好きだった。ギラギラしてるのに虚ろで、強くて弱い目をしたディラン。
だからやっぱりどうしても僕の中でのディランのピークは追憶のハイウェイないしブロンドオンブロンドで、67年以降はなんとなくで聴いてるところがあって(血の轍だけは別だけど)。
このバングラデシュコンサートのディランのステージはそんな今までの個人的ディラン論みたいなものをひっくり返されるもので。
確かにまるくはなった。このバングラデシュコンサートのレコードには64ページの写真集がついていて、そこに写るディランの目が優しいこと優しいこと。ほんで文字通り物理的にもまん丸の目になってて(ほんまに)。
しかしまるさを極めて悟りの境地に達しているんだと気づかされた、そんなライブ音源。
この悟りみたいなものに達する過程がナッシュビルスカイラインとセルフポートレート、New Morningだというのなら、もう一度ちゃんとその辺を聴き込もうとすら思う。
そんなわけでこのレコードを買ってからE面ばかりを繰り返し聴く日々でございます。
何やら未発表音源として〝If not for you〟と〝Love Minus Zero/No Limit〟があるらしいのでそれも聴かねば。
〝If not for you〟はジョージとのセッションで生まれた曲で、ジョージもカバーしてるので、やっぱりやるよね。
で最後F面は

大円団の〝Something〟と〝Bangla Desh〟。
〝バングラデシュ〟はこの1971/8/1のコンサートに先行して7/23にリリースされたシングル。
もちろんラヴィからの相談後に作られた曲なので、7月にレコーディングして7月にリリースしている。プレスとか流通とか、どないなってんねん。
そんなあまりにも急ピッチで作られた曲なので歌詞なんかはめちゃくちゃど直球なものになっている。
My friend came to me
With sadness in his eyes
He told me that he wanted help
Before his country dies
Although I couldn't feel the pain
I knew I had to try
Now I'm asking all of you
To help us save some lives
友人が僕のところに来た悲しそうな目をして
彼は言った
助けてくれ 国が滅びる前に
痛みを感じることはできなかったけど
動かないとと思ったんだ
だから今 みんなにお願いしたい
多くの命を救うために手を貸してほしい
もう本当に真っ直ぐすぎるメッセージ。完全にこのコンサートのためのテーマソングになっていて、もちろんジョージのオリジナルアルバムには未収録。なのでこの度この曲初めて聴いた。シングル音源盤もまた聴いてみようと思う。
まとめ
見本盤、ほんまに音ええかも!!
64ページ写真集付き、嬉しい!
バングラデシュの歴史、えぐい…
ラヴィとジョージは偉い
クラプトン、がんばれ!
レオンラッセル、ちょいと目立ちすぎか…
ディランのベストアクト!


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