ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成(関連図挫折中)

映画『ブライアン・ウィルソン〜約束の旅路〜』を観て

このブログを始めたころは週一回のペースで更新していたんだけど、もうほんとにまるっきり文章を書けてなくて、まだまだ書きたいものがあったはずなんだけどな…飽き性なんです。

それでも何か書くなくちゃ、このブログをこのまま放置してちゃいけない、という気持ちはあるわけで、んなわけでもう映画を観てから2ヶ月以上も経ってしまったが、ブライアン・ウィルソン約束の旅路〜』の感想を。

僕がどれほどブライアンウィルソンを尊敬していて恐れているかはこのブログでも以前に書いたが、実際のところ70's以降のビーチボーイズ作品及びブライアンのソロ作品はほとんど聴いてないに等しくて。

それでもブライアンの密着ドキュメンタリーが上映されるってんなら観に行かないわけにはいかなくて、上映期間ギリギリ滑り込みで8月21日に神戸の映画館に足を運んだ。

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ドキュメンタリー映画にハマりだしたのはほんとにここ最近で、きっかけはジョージハリソンのドキュメンタリーDVDTSUTAYAで借りてみたことだったように思う。

それからザ・バンドのドキュメンタリーやこの間のローレルキャニオンドキュメンタリーなんかに足を運んだわけだ。

そんなドキュメンタリー熱みたいなものが芽生え始めてから、結構なペースでロック系ドキュメンタリーが公開されるもんだから「知らんかったけど、こんなんいっぱいあるんやなー」程度に思ってたけど、やはりこれはボヘミアンラプソディ』以降訪れているロック系ドキュメンタリーブームなのだろうか。

それにしてはあれだけ爆発的ヒットした『ボヘミアンラプソディ』に比べて、僕が観てきたドキュメンタリーは驚くほどに規模が小さい。今回のブライアンウィルソンも神戸大阪にそれぞれ1館、1日1上映、しかも期間は2週間足らず、の最終日で日曜だったにもかかわらず客は5人いるかどうか、みたいな。

クイーン、ザ・バンド、バーズにバッファローにジョニミッチェルにイーグルスらローレルキャニオン勢、そしてビーチボーイズ、このレジェンド達の中でクイーンだけがそこまでダントツ抜けているとはどうしても思えないんだけど、映画を売るってのもむずかしいもんだ。

 

ブライアン・ウィルソン約束の旅路〜』を観て

〜Long Promised Road(約束の旅路)〜という副題

僕にとってのブライアンはやはり60年代が全てで、いや恐らくほとんどのブライアン好きがそうだと思うんだけど。やはり誰も手の届かない地点に到達した66年『Pet Sounds』、ロック史上1番有名な未発表アルバムとなった67年『Smile』を中心にその付近の作品の作曲能力とアレンジ能力がブライアンを生ける伝説にしているのは間違いない。そこをピークにブライアンの精神は崩壊してしまい、70年代のビーチボーイズはブライアンというより他のメンバーが活躍した時代という認識がある。

さて、今回の映画のサブタイトルは約束の旅路(Long Promised Road)〟だった。〝約束の旅路〟はビーチボーイズの楽曲タイトルであり、71年『Surf's Up』に収録された楽曲だが、この曲はカール・ウィルソンと当時のマネージャーであったジャック・ライリーによる共作曲である。決してブライアンウィルソンを代表する曲ではない。

なのでこのサブタイトルになかなかの違和感を感じつつ映画館に足を運んでみたわけだが、蓋を開けてみると非常に納得した気持ちで帰ることができた。この映画はブライアンの才気に迫るドキュメンタリーというよりは、ブライアンの家族愛/兄弟愛みたいなものを強く押し出したものだったからだ。なので三男坊のカールウィルソンの楽曲がサブタイトルとなっていることも自然なことに感じられたわけだ。

その反面アル・ジャーディンマイク・ラヴの話が本当に皆無だったことはかなり不自然ではあったか…

 

密着ドライブドキュメンタリー

そんなわけで、音楽ドキュメンタリーというよりはブライアンウィルソンという人物のヒューマンドキュメンタリー的要素が大きかったわけだが、その要因は密着カメラの撮り方にも関係がある。

まず最初に一つ驚いたことはブライアンは未だに精神的に安定しているわけではなく、めちゃんこ繊細で不安定であるということ。なんとなくだが90年代かそれくらい以降はわりかし安定して、元気に活動しているイメージだったので。

「インタビュー嫌いのブライアンの密着ドキュメンタリー!!」というのがこの映画の売り文句だと思っていたんだけど、未だにやはりインタビュー嫌いというか繊細すぎる部分は健在で、映画製作はしょっぱなから難航を極めたよう。そこで白羽の矢がたったのがジェイソン・ファインというローリングストーン誌(元?)の編集者で、彼と2人きりでのドライブ中の隠し撮りならオーケーという形で撮影が始まったわけだ。ジェイソン・ファインはブライアンが心を許せる数少ない友人の1人のようで、付き合いは90年代からになるらしい。

「What a Fool Believesが怖い」

ジェイソン・ファインが初めてブライアンに会った時の話が面白かった。ジェイソンファインがローリングストーン誌のインタビュアーとしてブライアンの家を訪れた時、ブライアンの姿が見当たらなかったらしい。するとなんとブライアンは冷蔵庫の中に隠れていて、その理由を聞いたら「What a fool believesが怖い」と答えた、という。

ドゥービーブラザーズの〝What a Fool Believes〟は78年の楽曲で、ブライアンがその曲に怯えて隠れてたのは90年代のいつか。これがブライアンウィルソンだ。音楽に呪われている。

ブライアンの原動力

「音楽を作る原動力は?」みたいな質問にブライアンは「単純に好きだから」と答えた。それも意外だった。何か大いなる思想や信念を持って音楽に全てを捧げていると勝手に信じていたから。しかしブライアンはただ自分の1番好きなものだから誰よりも良いものを作りたい、そんな単純な思いに呪われているのだ。だからビートルズを恐れて精神を壊し、歳を取っても他人の曲が怖くて冷蔵庫に隠れている。何にせよ異常ではあるけど、難しくはない。誰よりも良い曲を書きたい、それがブライアンの本質なのだろう。

 

ドン・ウォズがブライアンに聞いた話

まぁそんなわけで『約束の旅路』はブライアンとジェイソンファインがカリフォルニアをドライブしながら会話をし、カーステで音楽聴いたり、たまに店に入りご飯を食べたり、お茶したり、そういった形のドキュメンタリーになっている。あとは近しい人達や影響を受けた人たちのインタビューを挟みつつといった感じか。インタビューにはブルース・スプリングスティーンエルトン・ジョンドン・ウォズジェイコブ・ディランなどが登場した。まぁみんな当たり前だけどとにかくブライアンを称賛するわけなんだけど、その中でドン・ウォズが語った一つの話が非常に印象的だった。

ドン・ウォズはブライアンの理解不能な作曲能力やアレンジ能力の凄まじさに圧倒されて、ある日ブライアンに「どうやってるのか、何を考えているのか」と聞いてみたらしい。するとブライアンは本気か冗談か

「ピアノの1番低い音と高い音を固定してその間の音を幾何学模様のように組み上げる」

と答えたそうな。

何言ってんだかって話だけど、ブライアンの楽曲を聴くとあながち冗談でもなさそうなのが怖い。本当にそんな感覚であらゆるメロディとフレーズを模様のように絡ませて整理しているようにも思えてしまうから。とにかく意味不明だけど、何故か腑に落ちる言葉だった。

 

ブライアン・ウィルソンの愛

先に書いたように音楽的な話はほとんどなく、このドンウォズの話が唯一ブライアンの音楽世界に触れた話だったのかもしれない。あとはブライアンの愛について描かれたヒューマンドキュメンタリーだった。「映画.com」とかのレビューを読んでみるとそのことに割と否定的な意見が多く「もっとスマイル期の深い話が聞きたかった」といったような感想が見受けられた。精神が崩壊するほどの極限状態の中で作った神に捧げるシンフォニーの真実を知りたい、そんな気持ちはもちろん僕にもあったが、でもこの映画を観終わって少し考えが変わった。

ブライアンウィルソンは正直本当に凄すぎる。天才の中の天才というか、凡人とは見えてる世界が違うんだろう、とか、だから精神もあちら側に持っていかれたんだ、とかそんな風なことを思ってしまう。でも彼が凄すぎるのは間違いないが、原動力は「良い曲を書きたい」だけだし、人間的にも長男として弟達を愛する普通の男だった。音楽的に理解不能なレベルまでイッてしまっているから、僕らはブライアンを怪物に仕立て上げ、恐れ、ファンタジックな逸話を期待してしまう。それが間違っていることに気づかされた映画だった。ブライアンの愛、そんなもの今まで考えたこともなかったから。

 

デニスとカールの死

ビーチボーイズブライアンデニスカールウィルソン兄弟と従兄弟のマイク・ラヴ、ブライアンの親友のアル・ジャーディンで結成されたバンドだ。同じように3兄弟で編成されたボーカルグループにビージーズがいるが、ビーチボーイズビージーズも長男を残して弟達が先立ってしまっている。

デニス・ウィルソン

ビーチボーイズ」というバンド名を名乗りサーフィン/ホットロッドバンドとしてデビューしたが、メンバー内で実際にサーファーだったのはデニスだけだった。ドラムを担当していたデニスはビーチボーイズ1のモテ男で、明るく外交的。まさにサーフィン、車、女、なカリフォルニアボーイだ。内向的なブライアンとは正反対。ブライアンはデニスについて「羨ましかった」としながら「互いに尊敬していた」とも答えた。そんなデニスは83年に泥酔状態で船から飛び込んでカリフォルニアの海に散った。ブライアンは車の助手席でデニスの死を知らされた時のことを振り返り涙を拭った。

デビューから68年までビーチボーイズは実質ブライアンのワンマンバンドだったが、ブライアンの精神が破綻すると他のメンバーがバンドに貢献していくことになる。デニスも68年『フレンズ』から作曲者としての存在感を示していくわけで、77年にはビーチボーイズメンバーではいち早くソロアルバム『オーシャン・パシフィック・ブルー』をリリースした。

ジェイソンファインがこのデニスのソロアルバムについてブライアンに投げかけるとブライアンは「聴いたことがない」と答えた。「一度も?」と驚くジェイソンファイン。リリースから45年も経つのに弟の唯一のソロアルバムを一度も聴いていない。精神的に最も不安定だった70年代、そして83年にデニスが死んだこと、色んな理由からブライアンはデニスのアルバムを避けていたのかもしれない。

そしてジェイソンファインの提案で「今日聴いてみよう」という運びになった。ブライアンは目を閉じて『オーシャンパシフィックブルー』を聴き、笑顔で褒め称えた。本当に素晴らしいシーンだった。

車中もそうだが、曲を聴いてる最中にジェイソンファインに話しかけられるとブライアンは曲を止める、というシーンがチラホラあった。僕もブライアンと同じく片耳難聴であるので、その耳的要因も嫌になるほどわかるが、それ以上に〝ながら〟音楽を聴かないという姿勢を強く感じた。

カール・ウィルソン

ブライアンとデニスは正反対の性格と見た目であったが、3男のカール・ウィルソンはまるでブライアンの分身のようだった。ブライアンの才能を誇りに思い憧れながらもブライアン以上の美声を持っており、〝God Only Knows〟を筆頭にビーチボーイズの代表曲の多くでリードボーカルをとった。

68年にブライアンが半リタイヤ状態になった後、ビーチボーイズの舵取りはカールが引き継いだ。後にカールはブライアンと同じようにアレンジ、プロデュースまで担当することになるが、そのことについてジェイソンファインに質問されるとブライアンは「誇らしかったよ」と笑顔で答えた。2人の弟にとって天才ブライアンはもちろん誇りであり、ブライアンにとっても2人の弟は誇りだった。いんや素晴らしい。

カールは98年に肺がんでこの世を去った。ジェイソンファインとブライアンはドライブの途中でカールの家に立ち寄り、カールの家族に挨拶しようとするが、ブライアンは「ここで待ってる」と涙を拭いながら車を降りなかった。

このシーンにしても、デニスのアルバムを聴いてなかったことにしても、ブライアンは自分の精神を不安定にさせる可能性のあるものを避けて生きていることがうかがえる。もう長い長い精神病との付き合いの中で、ブライアンは自衛する術を身につけたのだろう。それでも本当にこの映画には多くのブライアンの涙が映されていた。心配だぜ、ブライアン。

知らなかったジャック・ライリーの死

ブライアンの精神を守ろうとしているのはブライアン自身だけではなく、周りの人々もブライアンにかなり気を遣っているようだ。ジェイソン・ファインが2015年にジャック・ライリーが死んだことについて触れるとブライアンは「え?」と大きく驚いた。恐らくはブライアンに考慮して誰もジャックライリーの死を知らせてなかったのだろう。ブライアンはかなり動揺し、また涙を流した。

ジャックライリーは70年から73年までビーチボーイズのマネージャーを務めつつ、いくつかの曲の作曲にも貢献した。この映画のサブタイトルである〝約束の旅路〟もカールとジャックライリーの共作だ。

ブライアンは動揺しながらも、73年『オランダ』について振り返った。72年、ジャックライリーは環境を変えることがブライアンの精神に良く作用すると考えてオランダでのレコーディングを提案した。ブライアンはそれを拒んだが、無理矢理連れていかれて、さらに状態は悪くなった。そのことを懐かしそうに振り返れるブライアンはやはり当時よりはだいぶマシになったんだろう。

映画を観た収穫

ブライアンは自分が今まで書いた曲の中で最も優れているものとして〝Sail on,Sailor〟を挙げた。その73年『オランダ』の1曲目に収録された曲だ。これがめちゃくちゃ意外だった。〝God Only Knows〟でも〝グッドヴァイブレーション〟でもなく〝セイルオンセイラー〟。

僕は本当に70'sビーチボーイズを聴いてなくて、なんだか「ただのサザンロックだなー」なんて思ってしまっていて。でもこの映画は70'sビーチボーイズを聴こうって思わせるものでありました。ブライアンが誇りに思うカールの〝約束の旅路〟、デニスのソロアルバム、そして自身の最高傑作と言い放った〝セイルオンセイラー〟。僕の思うブライアンの最高地点は66,67年、その考えは絶対に変わりはしないが、ブライアンが愛を持って語る70'sビーチボーイズも聴かないとなーと思わされる内容の映画でした!それだけで観た価値があったんじゃないかと!

まとめ

そんなわけでブライアンの涙と愛がたくさん観れる映画でござんした。70'sビーチボーイズとデニスのソロアルバムを聴かねば!と映画を観てからこの2ヶ月チマチマ聴いております。

あとは精神科医ユージン・ランディに洗脳されていた時期の話も多く語られていました。その70年代後半から80年代にかけての9年間をブライアンは「服役」と表現していましたね。

あと、ブライアンの精神の心配はもちろんだけど、太り過ぎの体も心配でしたねー。途中カフェでパフェを食べてたんだけど、店員がパフェを机に置く前にスプーンで手をつけてた食い意地のヤバさも心配でございました。笑

 

もうなんせ観たのが2ヶ月前なので正直記憶も曖昧で書いた内容も細かいところ不安ですが、とにかくオススメできる内容でしたよー!ブライアンの愛!

では!

 

 

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