ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成(関連図挫折中)

6-13 うわさの男、ハリー・ニルソン③(第98話)

引き続きニルソン。

・前回までのニルソン

前回は70年5thランディ・ニューマンを歌う」まで書きました。

67年2nd「パンデモニウム・シャドウ・ショウ」はジョンレノン、ポールマッカートニー両名が絶賛、68年3rd「空中バレー」は最高傑作と言える出来であったが世間的には話題にならず。69年映画『真夜中のカウボーイ』のテーマ曲となったフレッド・ニールのカバーである〝うわさの男〟がヒットしグラミー賞をシンガーとして受賞、〝One〟スリードッグナイトが取り上げて米5位のヒットを飛ばしソングライターとしても成功を収めるが、SSWとしての評価はついてこず69年4th「ハリー・ニルソンの肖像」がようやく120位にチャートインする程度であった。そんな状態のニルソンが次にリリースしたアルバムが全曲ランディ・ニューマン作品で構成された5th「ランディ・ニューマンを歌う」であり、《他人の曲を歌うシンガー》というイメージに拍車をかけることになる。

 

・今回のニルソン

そしてそのイメージを決定的にしたのが71年のバッド・フィンガー原曲の〝Without You〟の世界的ヒットであった。そのイメージは恐らく現在まで、いやこの先も払拭されることはないだろうが、〝Without You〟を収録した7thアルバム「Nilsson Schmilsson」、その兄弟アルバムである72年8th「Son of Schmilsson」アメリカン・スタンダードのカバーで構成された73年9th「A Little Touch of Schmilsson in the Night」の3作は《シュミルソン3部作》と呼ばれ、セールス的には最も成功した作品群となった。

 

今回はそんなニルソン70年前半の栄光時代を!!

 

6-13 うわさの男、ハリー・ニルソン③(第98話)

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さて、大ヒットシングル〝Without You〟から見ていきたいところだが、その前にニルソンの偉業を一つ。

・世界初のリミックスアルバム

69年に〝うわさの男〟のヒットや4th「ハリーニルソンの肖像」、70年に5th「ランディ・ニューマンを歌う」、6枚目のオリジナルアルバムとして数えられるアニメーション映画『The Point!』のサントラなどでそこそこの知名度を得たニルソンは71年に世間的に無視された67年2nd「Pandemonium Shadow Show」と68年3rd「Aerial Ballet」を再び紹介するために「Aerial Pandemonium Ballet(ニルソンの詩と青春)」という編集盤をリリースする。

ニルソンのセールス的な全盛期はこの後の70年代頭であるが、作品の完成度としては間違いなく67年68年の2ndと3rdが優れており、ニルソン自身にもその思いはあったようだ。その2作からの選りすぐりで構成され71年にリリースされたこの編集盤だが、再ミックスと歌のリテイクを行っているのが特徴であり、つまりは世界初のリミックスアルバムと言えるものである。この編集盤のミックスの良し悪しは意見が分かれるだろうが、歴史的に重要なアルバムであることには間違いないだろう。個人的にはやはりオリジナルの2nd,3rdをそれぞれ聴くべきだとは思うが。

 

・ニルソンの方向転換

過去の素晴らしき音源をリミックスした「Aerial Pandemonium Ballet(ニルソンの詩と青春)」であったがチャートは米149位に留まった。そのこともあってかニルソンは新たな方向性へ進む事を望み始め、その一歩目が71年末にリリースされた7thアルバム「Nilsson Schmilsson」となる。64〜67年の〈タワーレコーズ期〉からニルソンサウンドを支えたアレンジャーのジョージ・ティプトンと別れ、レコーディングもロンドンにて行うことになった。ロンドンという新天地で新たなスタッフと新たな方向性を模索して作り上げた7thアルバムだが、アルバムリリースに先駆けて71年10月に先行シングルとしてリリースされたのが世界的ヒットとなる〝Without You〟である。

 

・ビッグ・バラードの夜明け〝Without You〟

原曲はバッド・フィンガーの70年2nd「No Dice」に収録されたものであるが、バッドフィンガーはシングルカットはせず、この曲がここまで有名になったのはニルソンによるこの71年のカバーによるところが大きい。94年、ニルソンが死んだ翌週にリリースされたマライア・キャリーによるヴァージョンも広く知られている。

前々回に書いたように僕はこの曲と『Kiss』という70's〜90'sのヒットラブソングを集めたオムニバスで出会い、同時にそれがニルソンとの出会いにもなった。当時はさほど深く考えることはなかったが、今考えるとこの曲が71年リリースであることはとても興味深く驚くべきことに思う。《ビッグ・バラード》とも言うべきスケールが大きくレンジの広いこのバラードは70年代頭には他にない類の楽曲であるからだ。同時期のピアノを主体としたポップロックにはエルトン・ジョンカーペンターズらがいるが、〝Without You〟の示した《ビッグ・バラード》と言うべき音楽性はマライア・キャリーが再カバーした94年という時代の方がしっくりくる。そんなわけで『Kiss』に収録されている他の80's、90'sの楽曲と並べても全く違和感がない(同じく収録されているエルトン・ジョン70年〝Your Song〟は少し浮いているのに!)。

もちろんそもそも70年のバッド・フィンガーのオリジナルが当時斬新だったのは言うまではないが、テンポは遅いがパワーのあるビートと歌、ギターのアルペジオと泣きのソロ、それは70年代半ばごろからハードロックバンドが歌った《パワーバラード》といった類のものである。

ニルソンのヴァージョンは主にピアノとシンプルなストリングスとコーラスによって構成され、バッドフィンガーがサビで使っているオンコードで階段状に降りていく60's的コード進行を排除し、コードを長くとったアレンジに仕上げている。ロック感を最小限まで削ったこのアレンジは、少なくとも80's、MTV以降のポップバラードの方向性だ。

もちろん僕は60年代末のニルソン楽曲のほうが好みだが、歴史的に見てもこのカバーアレンジは偉業である。この曲に参加したのはスプーキー・トゥースジョージ・ハリソン等でピアノを弾いたゲイリー・ライト、ドイツ時代からのビートルズの友人でありビートルズソロ作品やマン・フレッドマンでベースを弾いたクラウス・フォアマン、同じくビートルズソロで活躍しスワンプ 界隈やディランにも重宝されたジム・ケルトナーデヴィッド・ボウイエルトン・ジョン作品で知られるポール・バックマスターといったかなりブリティッシュ色の強いメンツであり、以前のジョージ・ティプトンやレッキングクルーと作り上げたアメリカーナサウンドとは全く違う方向性を示したものとなった。

 

シンガーとしては〝うわさの男〟等ですでに高い評価を受けていたニルソンだが、カメレオンボイス、多重録音、スキャット、という特性に加えて〈3オクターヴ半の歌声〉と称される声域の広さを披露。この時点でニルソンは唯一無二のシンガーとして世間に認められることになる。

〝Without You〟英米のみならずカナダ、オーストラリア、ニュージーランドで1位を獲り、世界中でヒット。一気にスターダムにのし上がったニルソンはその翌月71年11月に7thアルバム「Nilsson Schmilsson」をリリースする。

 

71年7th「Nilsson Schmilsson」

LAを離れてロンドンでレコーディングすることとなった7th「ニルソン・シュミルソン」。アルバムに参加した中心メンバーはクラウス・フォアマン、ハービー・フラワーズクリス・スペディングジム・ゴードンといったかなりブリティッシュロック色の強いメンバーとなった。ジム・ゴードンは「ペット・サウンズ」にも参加した、言わずと知れたレッキングクルーの重要人物で、ニルソンとは68年「空中バレー」からの付き合いであるが、70年付近になるとデレク・アンド・ザ・ドミノスやジョージ・ハリソンロック系に重宝されていくドラマーだ。

バッド・フィンガーの〝Without You〟をカバーすることくらいしか当初決まってなかったという話もあり、かなりブリティッシュパワーポップ的なサウンドに仕上がっている。個人的には残念でならないが、これが世間的に認知されているニルソンの姿だろう。そんな中に〝Coconut〟のようなトロピカルな曲が入ってるのは面白い。ハードロック調の〝Jump into the Fire〟が2弾目のシングルとしてリリースされ米27位、〝Coconut〟が3弾目のシングルとしてリリースされ米8位を獲り、「ニルソン・シュミルソン」は米3位英5位の大ヒットアルバムとなった。

基本的にロンドンレコーディングだが〝Early in the Morning〟〝I'll Never Leave You〟ハリウッドのスタジオで録られ、アルバムラストに収録された〝I'll Never Leave You〟のみジョージ・ティプトンがアレンジャーとして関わっている。このことからジョージ・ティプトンとニルソンは64年〜71年にタッグを組んでいたと言われているが、実質は64〜70年「The Point!」までのタッグだったと言えるだろう。2人の別れは詳細不明の何かしらのトラブルがあったとされるが、2010年のニルソンの半生を描いたドキュメンタリーへの参加をティプトンが断ったあたり、2人の確執はニルソンの死後まで続くこととなる。しかしニルソン&ティプトンの最後の曲が〝I'll Never Leave You〟ってタイトルなのはこれまた皮肉だ。

 

72年8th「Son of Schmilsson(シュミルソン2世)」

Son of Schmilsson

Son of Schmilsson

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大ヒットアルバムとなった前作「ニルソン・シュミルソン」に続き、ロンドンでのレコーディングとなった72年8th「シュミルソン2世」。前作で参加したメンツに加えて、リンゴ・スタージョージ・ハリソンピーター・フランプトン、ニッキー・ホプキンス、レイ・クーパーといった超豪華ゲストを迎えてレコーディングが行われた。他にも70'sストーンズやデラニー&ボニー、ジョー・コッカーといったスワンプ 界隈で活躍したジム・プライスやボビー・キースも参加しており、とにかく豪華。

大ヒットした前作と同方向性を世間とレーベルから求められるなか、同じロンドンで、同じくイギリスのミュージシャンを起用して作られたことから前作と合わせて〈兄弟アルバム〉とくくられることが多いが音楽性は少し変わっている。

明らかに〝Without You〟を意識したピアノフレーズと歌メロの〝Remember〟だが、表面上は〈第2のwithout you〉を装いながらもアメリカンスタンダードな匂いが強い楽曲となっており、全体的に前作でみせたパワーポップ、ハードロック路線は身を潜め、ストリングスやブラスによってアメリカンスタンダードな空気感やスワンプ を散りばめた楽曲で構成されている。

タイトルや〝Remember〟の外面によって、世間やレーベルの要望通りヒットした前作の延長であるかのように見せかけて、中身の本質はガラリと変わっている。イギリス的だった前作に対して明らかにアメリカらしさを取り戻したアルバムだ。恐らく確信犯。アルバムは米12位、英41位、豪13位とヒットし、シングル〝Spaceman〟も米23位のヒットとなった。前作「ニルソン・シュミルソン」の影に隠れがちだが、断然このアルバムの方が素敵。なんというか、「ランディニューマンを歌う」の次のアルバムとして非常にしっくりくる内容で、「ニルソン・シュミルソン」がニルソンキャリアの流れの中で異端なように思う(得てしてそういう作品が売れたりする)。

アルバム・ジャケットは5.〝You're Breakin' My Heart〟にスライドギターで参加したジョージ・ハリソンの邸宅フライアー・パークで撮られたもの。

ラストソング〝The Most Beautiful World in the World〟の後半部分は特にアメリカン・スタンダードそのものであるが、エンディングは「See you next album,Richard! bye bye!」という語りで締めくくられる。それが予告であったかのように、次作は全曲アメリカン・スタンダードのカバーアルバムとなった。

 

73年9th「A Little Touch of Schmilsson in the Night(夜のシュミルソン)」

まさにアメリカン・スタンダードな前作ラスト曲をバックに語られた「See you next album,Richard! bye bye!」という予告通り、全曲《グレート・アメリカン・ソングブック》に名を連ねるアメリカン・スタンダードのカバーで構成された《シュミルソン3部作》のラスト、9th「夜のシュミルソン」。しかし謎なのが、「次のアルバムでまた会おう!」と語られた【リチャード】である。前作に関連する【リチャード】にはリンゴ・スター(リチャード・スターキー)とロンドンで作られた2作のプロデューサーだったリチャード・ペリーがいるが、そのどちらも今作には参加していない。何かしら予定がくるったのか、何せより【リチャード】が誰を指していたのかは謎である。

今作をプロデュースしたのは67年にニルソンの2ndアルバムをビートルズに紹介した、ビートルズの広報でもあったデレク・テイラー。アレンジャーとして起用されたのはゴードン・ジェンキンス。ゴードン・ジェンキンスは1930年代からアレンジャー兼作曲家として活動し、ブロードウェイ界隈やフランク・シナトラの曲に貢献した、まさに《グレート・アメリカン・ソングブック》の時代の大ベテランである。この「夜のシュミルソン」はそんな大ベテランを迎えて73年に本格的にアメリカン・スタンダードを歌ったアルバムである。

ロンドンでの2作で〝Without You〟以外のオリジナル曲もヒットさせ、世界が注目するSSWとなっていたニルソンだが、ここで再びシンガーに徹する形をとった。しかしタイトルに【シュミルソン】と入っていることもあってか〝Without You〟の大ヒットの余波はまだ健在であり、カバーアルバムでありながら米46位、英20位のヒットとなった。

 

《シュミルソン3部作》

以上の3枚が《シュミルソン3部作》と呼ばれる、71年〜73年のニルソン全盛期(セールス的に)作品である。3枚ともに【シュミルソン】という名が含まれていることから3部作として括られているわけだが、内容や志向はそれぞれ違っている。

71年7th「ニルソン・シュミルソン」はパワー・ポップやハードロックの要素が垣間見えるブリティッシュ色の強い異色作(でありながら最大のヒット作)。

72年8th「シュミルソン2世」はランディ・ニューマンの影響を感じる作風と、当時盛り上がっていたスワンプ ・ロックなサウンドを織り交ぜたアダルトなアメリカーナ作品。

73年9th「夜のシュミルソン」は全曲アメリカン・スタンダードのカバーで構成されたアルバム。

 

ニルソンという男はやはりアメリカ色が非常に濃い音楽性を持った男である。しかしビートルズメンバーらブリティッシュ勢との交流が目立つことと、ブリティッシュ色の強い「ニルソン・シュミルソン」が最大のヒット作であることから、アメリカーナなイメージは一般的に薄い。優れたオリジナル曲を持っているのにカバー曲が目立ちすぎたり、歌がうま過ぎてソングライターとして評価はついてこなかったり、その割に提供曲はヒットしてたりで、非常に本質が掴みづらい男だ。

 

続く!

あと少し続きます!この後は酔いどれて失墜していくのみですが!

では!

 

続き↓

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