『三種の神器(さんしゅのじんぎ、さんしゅのしんき、みくさのかむだから)は、日本神話において、天孫降臨の際に天照大神が瓊瓊杵尊に授けたとされる三種類の宝物、八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣の総称。また、これと同一とされる、あるいはこれになぞらえられる、日本の歴代天皇が継承してきた三種類の宝物のこと。』(ウィキペディア)
これになぞらって戦後には〈テレビ・冷蔵庫・洗濯機〉を三種の神器とよんだり、60年代には〈カラーテレビ・クーラー・車〉を新・三種の神器と呼んだりと、重要なものや優れたものが3つあるとしばしば三種の神器という表現が一般的に使われるようになった。
そしてブリティッシュフォークロックにも三種の神器と括られた3枚のアルバムがある。上の説明にあるよう三種の神器とは三種の宝物のことである。確かに3枚のオリジナル盤の希少価値を考えればまさに宝石のような高価な宝物であるが(100万超えたりするらしい)、しかしそれ以上にこの3枚が自分の部屋の棚に並んでいることはそれだけでどこか満たされたような感覚をもたらし、人生を豊かにする(子供のころの宝物のように!)。
僕が持ってるのはもちろん90年代に再発されたCD盤であるが(普通に中古で1000円くらい)それでもこの神器たちは僕の人生を豊かにしてくれたし、もしあなたもこの3枚を手に入れたら必ず大事な宝物になるだろう。
そんな《ブリティッシュフォーク三種の神器》であるが、3枚とも70年代前半であること、レアアイテムであること、プログレフォークであること、女性ボーカルがいること、と共通点があるものの似たり寄ったりではなくしっかりと個性が分かれているのも面白い。前回はまずアコースティック色が強くのどかな英国田園を思わせるTudor Lodgeについて触れたが今回は3枚の中でもよりプログレ色、ロック色の強いMellow Candleを。
5-5 Mellow Candle〜3種の神器(2)〜
《ブリティッシュフォーク三種の神器》と言っておきながらメロウキャンドルはアイルランドのバンドである。ダブリン辺りの人達みたいなので北アイルランドでもなくれっきとしたアイルランドであるが、〝マニアックのド定番〟として有名になったとはいえ未だに情報は少ないので《ブリティッシュフォーク三種の神器》なんて言葉が生まれた頃はアイルランド人であることすら知る由もなかったのかもしれない。
アイルランドといえばエンヤやクラナド、ロックで言えばU2、クランベリーズなどがいるが〝祈りの音楽〟とも言えるアイルランド独特の雰囲気はメロウキャンドルにもやはり備わっている。
この辺の再評価系バンドは大体がマニアによって語り継がれた後に90年代に再評価されてCD化及びレコードの再発で世に出回るんだけれど、〝再評価〟ってことは当時は全く評価されておらず、アルバム1枚だけで解散してしまっているバンドがほとんどである。メロウキャンドルもそうで、結成は67年ごろと早いが、72年に最初で最後のアルバム「Swaddling Songs」(これが3種の神器の1つ)を残して解散する。もったいないもったいない。
メロウキャンドル結成、目指せThe Supremes!
3種の神器の1つ、72年「Swaddling Songs」が94年にCD化して再発されたものを僕は持っているんだけど、そのCDの歌詞カードにバンドの中心人物であるクロダー・シモンズ(写真の真ん中の女性)本人による再発にあたっての文章が寄せられている。メロウキャンドルやその辺のバンドは情報が少なく何が本当か嘘かもわからないような状態であるので、こういった本人直々の文は本当に有難い。結成からの話であったり、解散から94年まで彼女自身がどんな活動をしていたかであったり、何より文章から読み取れる彼女の人間性(ちょっとだけ性格悪そう。笑)であったりを垣間見ることができる。
その94年のクロダーシモンズの文章によると、メロウキャンドルは67年ごろにアイルランドはダブリンの修道院学校に通っていた3人のスクールガールとピアノ1台から始まった。当時14歳のクロダーシモンズと15歳のアリソン・オードネル、マリア・ホワイトの3人は第2のスプリームスを目指してメロウキャンドルを結成し音楽活動をスタートさせる。
※The Supremes(スプリームス)はアメリカの女性3人組のボーカルグループであり、ダイアナ・ロスがソロデビュー前に在籍していたことで有名。
68年15,6歳となった彼女たちは夢への第一歩としてSNBレコードから1stシングル「Feelin' High」をリリースする。確かにスプリームスのようなR&B調ではあるが、タイトルからも想像できるように中々のサイケデリックソングである。鬼のようなトレモロギターと鬼のようなリバーブを効かせたフロアタム(?)に少女3人の声が重なる奇妙さと尖りっぷり。バックバンドの詳細は不明。
69年に学校を卒業するとマリア・ホワイトはリタイアし、クロダー・シモンズとアリソン・オードネルは本格的に音楽の道へ進むことを決意する。
新生メロウキャンドル
修道院学校を卒業した2人はデイブ・ウィリアムス(ギター)と出会い、その1年後にはフランク・ボイラン(ベース)、ウィリアム・マーレー(ドラム)と出会いメロウキャンドルはスプリームスに憧れたボーカルグループからフォークロックバンドに生まれ変わる。
この男3人のメロウキャンドル加入までの情報がほぼなくて、わかっていることはアリソンとデイブがアートカレッジで知り合ったことと、アリソンが3人を加入させることに積極的であり、特にデイブウィリアムスにお熱だったこと、ドラムのウィリアムマーレーはスコットランド、グラスゴー生まれでケヴィンエアーズの3rdソロアルバム「Whatevershebringswesing」でパーカッションを叩いていたことくらいである。
2人の少女は初めてエレキ楽器、本物の機材と出会い、がたがたの古いバンに機材と一緒に詰め込まれて移動することを経験した。クロダーシモンズによるとバンドは《プリラファエライト・コスミック・ヒッピー》的な思想(まぁよくわからんけど自由人的な感じ)を持っていたらしく、この時期の不憫で辛いバンド生活も楽しかったらしい。
そして72年にデラムレコードから1stアルバム「Swaddling Songs(抱擁の歌)」をリリースする。
アリソンとデイブ・ウィリアムスは本作リリース前に結婚し、アリソン・オードネルはアリソン・ウィリアムスと名を変えクレジットされている(オリジナル盤もそうなのかは知らない)。
さて〝抱擁の歌〟という邦題がつけられた「Swaddling Songs」であるが、〝抱擁〟という言葉が持つ暖かみのあるフォークロックというよりはトラディショナルが持つ冷たさすら感じる神秘性に満ち溢れたアルバムである。その神秘的な歌にクロダーシモンズによるメロトロンや変拍子を用いたバンドセクションなんかが絡んだまさしくプログレフォークと呼べるアルバムだ。たまにサイケの香りもプンプン匂う。
英フォークロックはペンタングルやフェアポートコンベンション、スティーライスパン、インクレディブルストリングバンド、同じく三種の神器であるチューダーロッジ、スパイロジャイラなど男女混声ボーカルのバンドが多いが、メロウキャンドルのボーカルはクロダー・シモンズとアリソン・ウィリアムスの女性2人である。
ペンタングルのジャッキーマクシー、フェアポートのサンディデニーを始め、英フォークロックには多数の歌姫達が存在するが、僕はクロダー・シモンズとアリソン・ウィリアムスの歌声が1番好きだ!
僕は〝女性は男性よりも自然に近い〟という考えを持っていて(男尊女卑と捉えないで欲しい…むしろ逆)、女性は男性より神秘的であり真実に近い存在であると思っている。〝人間〟は〝真実〟を求めて哲学にふけるが、女性哲学者があまりに少ないのは女性がすでに真実を知っているからなんじゃないか、と。極端に言えば〝人間〟とは〝男性〟のことであると思っている(男尊女卑と捉えないで欲しい…むしろ逆)。
アイリッシュトラッドは〝緑の音楽〟とも言われている。歌い継がれ伝承されてきた歌達は作者不明ではあるがもちろん人間が作ったものである。にもかかわらず、まるで人間不在の太古から自然と共にそこに存在していたような神聖さを備えているのがアイリッシュトラッドなのだ。
その性質と男性よりも自然に近い女性の歌声が見事にマッチングして、英フォーク界は女性ボーカルだらけになった、って僕は勝手に思ってるんだけれど、その中でもこのメロウキャンドルの2人の歌が特に自然が歌っているようで僕は好きだ(人間不在の神秘感で言えばジャッキーマクシーが1番かも…)。自然が歌っているといっても〝のどか〟とかそんな感じではなく、《人間不在の森》や《人間不在の海》が持つ神秘すぎて〝怖い〟という印象すらある。ほぼ全曲にスキャット(歌詞のない即興風の歌)のセクションがあるのもその理由かもしれない。しかし神秘さ、怖さ、なんかを含んでいながらしっかりとポップアルバムとしても聴けるんだよなー。
作曲は全12曲中7曲がクロダーシモンズ、2曲がアリソン、デイブウィリアムスが1曲、クロダー、アリソン、デイブの共作が1曲、デイブとウィリアムマーレーの共作が1曲である。
作曲、歌、演奏、アレンジの全てにおいて本当に完成度の高いアルバムであるが、クロダーとアリソンは当時18,19歳である(11曲目「Lonely Man」はなんとクロダーが12歳の時に書いた曲らしい!)。そして男3人もアリソンとデイブがアートカレッジで知り合ったことからそう歳が離れてはいないと考えると末恐ろしい。バンドのアレンジは全盛期のイエスのレベルまで達しているんじゃないかって瞬間も見え隠れする。
デイブのトーンを限界まで絞ったような音色のギターソロや、ウィリアムマーレーの軽快でテクニカルなドラミングも素晴らしいが、僕が特に注目したいのはフランク・ボイランのユニークさに溢れたベースフレーズである。全曲通してかなり重要な役割を担っているのが実はこのフランク・ボイランだと思っている。小節に縛られないというかフレーズの小節のまたぎ方というか、形容しがたいんだけど「あ、この人頭柔らかいな」って思う。ベーシストは是非このアルバム聞いて欲しい。
B面に少し荒削りな感じも垣間見えるが全曲通して素晴らしいので是非。Apple Musicにはないんだけど、YouTubeにフルアルバムあがってるのでA面だけでも聴いてちょんまげ。
メロウキャンドル解散後のそれぞれ
でそんな素晴らしい「抱擁の歌」が評価されずメンバーは散り散りになりバンドは解散。
ウィリアムス夫妻
アリソンウィリアムスとデイブウィリアムスの夫婦は南アフリカに移住し、78年にFlibbertigibbetというバンドで「Whistling Jigs to the Moon」というアルバムをリリースしている。
メロウキャンドルはトラッド風のロックバンドであったがFlibbertigibbetはよりトラッドに傾倒したバンドである。メロウキャンドルのトラディショナル担当がウィリアムス夫妻であったことがこれを聴くとよくわかる。となるとクロダーシモンズがプログレ、サイケだったんだなぁなんてことも。
南アフリカでひっそりとリリースされたのがもったいない名盤。
フランク・ボイラン
ベースのフランク・ボイランはゲイリームーアバンドの73年「Grinding Stone」にベーシストとして参加。
ちなみにフランク・ボイランの脱退が解散より少し早かったのか、代わりにメロウキャンドルの解散間際に短期間であるが同じく三種の神器のスパイロジャイラのスティーヴ・ボリルがベーシストとしてメロウキャンドルに参加している。
ウィリアム・マーレー
ケヴィンエアーズのバックバンドで一緒だったマイク・オールドフィールドと親交が深く、デビューアルバム「チューブラーベルズ」で大成功を収めたマイク・オールドフィールドのアルバムにてパーカッションで参加した後、クロダーシモンズと共にニューヨークへ移りファッションカメラマンに転向。
クロダーシモンズ
解散後クロダーシモンズは同郷アイルランドのハードロックバンドThin Lizzyのアルバムで鍵盤を弾いたり、マイク・オールドフィールドの2nd,3rdでボーカルを担当した後ウィリアムマーレーと共にニューヨークへ。それから10年ほど様々な仕事をしていたらしく、ヴァージンレコードで仕事をしていたこともあったそう。
そんな中ウィリアムマーレーと共に短期のライヴグループを結成してライブ活動を行なっている。そのバンドにはマドンナのバックでパーカッションを叩いていたパーカッショニストもいたらしく、マドンナとも交友があったみたい。その時のことをクロダーシモンズはこんな風に言っている。
私達は古き良きCBGBやThe Mudd Clubでプレイすることがどういうものかに気付いたが、マドンナはもっと偉大なものへと進み、(アンディー・ウォーホールは私達の方を好んでいたにも関わらず)私達はマドンナのような方向に進むことはなかった。
とポップスターとなったマドンナを軽くディスり気味のコメントを残している。
その後ロンドンへ移り再びヴァージンレコードにて仕事をした後、自分には音楽しかないと悟り、仕事をやめて故郷アイルランドに帰り再び音楽に集中する。
ちょうどこの頃が94年の「Swaddling Songs」の再発の時期であり、メロウキャンドルが解散して約20年後、自分が再び音楽と向き合おうと決めたタイミングで「Swaddling Songs」が再発されることを不思議で嬉しく思うとコメントしている。
そして96年にソロミニアルバム「Six Elementary Songs」をリリース。
こんなものはYouTubeに音源ない、Amazonでも検索にかからないという代物でもちろん僕は持ってないし音源を聴いたこともなく、ネット情報でしか見たことない。なんとか音源聴きたいんだけどねー。
さらに2005年にはFovea Hexというバンドを結成しており現在も活動中。
こちらもまだノーチェックであるが、何やらブライアンイーノやロバートフリップというビッグネームが関わっているのかなんなのか名前がちらほらしているので、ちょっと探してみようと思う。こちらに関して普通に入手できそう。
ま、こんなとこでしょうか。とにかくメロウキャンドルは素晴らしいので是非!
三種の神器周辺
ブリティッシュフォーク界隈