7-4 シスコサイケまとめ〜真のサイケデリック〜
《ブリティッシュインヴェイジョン》の影響下でサンフランシスコのフォーキー達はエレキギターを手にしてバンド結成を思い立つわけなんだけど、その影響というのはあくまで「エレキギター」と「バンド形態」という音楽を発信する方法であって、音楽性自体はビートルズの匂いはほとんどしない。
シスコサイケはフォークやブルースを基盤としながらエレキギターを掻き鳴らすヘヴィなサウンドのバンドが多数いるのが特徴だろう。カウンターカルチャーを背負ってサンフランシスコに集結したヒッピー達のエネルギーが体現されたかのようなサウンド、アシッドテスト、LSD実験の中で育まれた生まれたてのサイケデリック。
LSDを服用した時に見えると言われる《サイケデリック現象》を音化したものがサイケデリックミュージックである。それは知恵や理性をすっ飛ばした感覚的なものに特化した未知の領域であり、その無限の可能性を秘めたサイケデリックロックは60年代末に世界的に大ブームとなる。
とはいえロックというのは数多ある音楽ジャンルの中でも〝商売〟との結びつきが強いジャンルである。芸術とエンタメのバランスを取りながら発展していった音楽だ(後にバランス崩れて産業ロックなるものへと行き着く)。なのでサイケデリックロックはLSDによって得た感覚やアイデアを、知恵や理性を持って組み立て《商品》としてパッケージングしたものであると言えるだろう。カラフルに彩られたブリティッシュサイケ、緻密なスタジオワークからなるロサンゼルスのソフトサイケ、前衛音楽と邂逅したヴェルベッツ、これらは決してドラッグと感覚だけで作り上げれるような代物ではない。ストリングスやブラス、オルガン、東洋楽器、古楽器らの活躍もめざましく、さらに高いレベルの録音技術が必要不可欠であり、それらのアレンジメントやエンジニアリングを施したほとんどはカウンターカルチャーに魂を燃やす若きミュージシャンではなくインテリ音楽家、職業音楽家達だった。
〝感性〟と〝知性〟が絶妙なバランスをとって見事に作品として《パッケージング》されているそんなサイケデリックロックを僕は1番好きなジャンルとしているんだけど、シスコサイケは少し毛色が違っていて。
シスコサイケは言わば《パッケージングされていないサイケデリック》である。〝プロ〟や〝職業〟の匂いのしない生モノって感じだ。太陽が降り注ぎ、花と愛と平和のイメージが強いサンフランシスコであるが音楽的にはロサンゼルスやニューヨークに対してまさにアンダーグラウンドの塊であったのだ。
『ヒッピー達の聖地サンフランシスコのヘイト・アシュベリーで共同生活しながらラヴ&ピースを掲げ、オーズリー・スタンレーやケンキージーのアシッドテストに参加してLSDを体験した。そんな若者達が《ブリティッシュインヴェイジョン》を受けエレキギターを手にしてバンドを結成してサイケデリックを鳴らした。』…のまま出荷されたといったイメージであり、無添加のサイケデリック。
無添加のサイケデリック、シスコサイケはまさに真のサイケデリックロックと言えるだろうが正直僕はあまり得意ではない。やはりどこか雑味を感じるし、剥き出しのヒッピー感とLSD感は時代と地域を限定されたものであり普遍的なものではないように思う(パッケージングされたサイケデリックロックは普遍的だと思っている)。しかしフラワームーブメントやヒッピームーブメント、LSDを擬似体験するのにシスコサイケ以上の音楽はないだろう。
ここまで3大シスコバンドを見てきたが、グレイトフルデッドのライブ演奏がまさに《パッケージング》されてなさそのもので、名盤「Live/Dead」で見られる23分に及ぶ〝Dark Star〟のジャムセッションやフィードバックのみのセッション〝フィードバック〟はその極致であると言えるだろう。ジェファーソンエアプレインは逆にシスコサイケの中では最も《パッケージング》されたバンドであり、最もメインストリーム側のバンドであっただろう。クイックシルバーメッセンジャーサーヴィスはそのちょうど間くらいで、彼らの1st,2ndくらいの荒さと勢いが《シスコサイケ》ど真ん中だ。
てなわけで僕にとっては《パッケージング》されてない無添加さが苦手でもあり、魅力でもある、そんな真のサイケデリック達のいくつかを紹介して、シスコサイケのまとめとします。
Big Brother & The Holding Company
サンフランシスコの3大バンドは紹介したが、サンフランシスコとフラワームーブメントの象徴と言える〝人物〟と言えばやはりジャニス・ジョプリン。テキサス生まれの彼女も60年代半ばにサンフランシスコに流れてきたヒッピーの1人であった。
ジャニスは短い人生の中で3つのバンドをバックに歌い、計4枚のスタジオアルバムを残し27歳でこの世を去った。Big Brother & The Holding Companyで67年「Big Brother & the Holding Company」と68年「Cheap Thrills」、Kozmic Blues Bandで69年「I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!」、Full Tilt Boogie Bandで71年遺作「Pearl」を残したが、厳密にはBig Brother & The Holding Companyで2枚のアルバムを出した後ソロデビューして2枚アルバムを残した、と言うのが正しいだろう。つまりKozmic Blues Band、Full Tilt Boogie Bandはジャニスの為の、ジャニスのバックバンドであったがBig Brother & The Holding Companyはジャニスのバックバンドではなく、ジャニスがバンドの一員だった。こんなのは言葉のニュアンスだが、大事なことである。
67年1st「Big Brother & The Holding Company」はサンフランシスコのメインストリームレコード(という名のマイナーレーベル。笑)からリリースされた。このアルバムではジャニスはまだ男女ツインボーカルの片割れという感じであるが僕はこのアルバムが割と好きで、へろへろなバンドな演奏の中でのジャニスの圧倒的な才能を聞くことができる。バンドの力量とジャニスの才能が釣り合っていないように聞こえはするが、この仕上がってなさがいいんだよな…
同年のモントレーポップフェスティバルでジャニスの圧倒的な歌唱力に注目が集まりコロンビアレコードと契約、晴れてメジャーデビューとなる。
メジャーデビュー作、バンドとしては2ndとなる68年名盤「Cheap Thrills」でジャニスはスターダムへとのし上がる。〝Summer Time〟や〝Piece of my heart〟といった名曲も収録されたライブ録音アルバム。まさにサンフランシスコなサイケデリックサウンドとジャニスのブルースボイスが炸裂!!1stは全体的にクリーントーンでフォークロックチックなところもあったんだけど2ndはギターの歪みが目立つサイケブルース。このギターの歪みがめちゃくちゃいいのよね。バンドのへろへろ感も見事にマッチングした傑作。
しかしジャニスの才能はバンドに収まることはなくソロ活動へとキャリアを進めてバンドは解散。ジャニスのソロ2枚も素晴らしいけど、完璧なブルースロックすぎて…(Kozmic Blues Bandではマイクブルームフィールドがギター弾いてる)。僕はBig Brother & The Holding Companyの方が断然好み。死後リリースされた「Pearl」はやっぱりシビれるけどね。
Big Brother & The Holding Companyは69年にニック・グレイブナイツをボーカルに迎えて再始動。
Santana
カルロス・サンタナ率いるサンタナ。ラテンロックやブルースロックで知られる彼らはあんまりシスコサイケとして語られることは少ないんだけど。
カルロス・サンタナはメキシコ人であるが、60年代にサンフランシスコに越してきてフラワームーヴメントを目の当たりにした。66年に前身バンド、サンタナ・ブルース・バンドを結成。
バンド名をサンタナと改めてデビューするのは69年8月と遅めであるが、その1st「サンタナ」のサウンドはシスコサイケの流れの中にあると言えると思う。〝Evil Ways〟や〝Soul Sacrifice〟といった初期の名曲も収録。
このデビューと同じ69年8月のウッドストックフェスティバルにも出演。同月なのでデビュー直前かデビュー直後かはちょっと定かではないが、何にせよ新人バンドがジャニスやジミヘンやフーに引けを取らないパフォーマンスを披露。僕はウッドストックに憧れて昔何度もDVDを見たがサンタナとジョーコッカーがダントツで印象的で、多数のパーカッショニストと凄まじい熱量を持ったサンタナのパフォーマンスは圧倒的だった。〝哀愁のヨーロッパ〟もいいがサンタナはやはりデビュー時の熱さが最高。
The Charlatans
シャーラタンズと言えば90年代マッドチェスターのシャーラタンズ(UK)の方が有名かもしれないけど、シスコサイケの始祖として君臨するシャーラタンズ(US)の方である。
グレイトフルデッドやジェファーソンエアプレインより早くサンフランシスコに存在したロックバンドとしてこのシャーラタンズとボー・ブラメルズがよく挙げられる。2組ともバーズと同じ64年結成であり、《ブリティッシュインヴェイジョン》を受けて一早く結成したアメリカ最初期のロックバンドと言える(グレイトフルデッドとジェファーソンエアプレインが65年結成)。
オーズリー・スタンレーがLSD工場を設立したのが1965年であり、その年にLSD被験試飲とシャーラタンズによるバンド生演奏というイベントが行われていてこれがグレイトフルデッドより先であることから元祖サイケバンドという見方もできる。ダン・ヒックスが在籍していたことでも有名である。
そんな偉大なシャーラタンズであるがレコード会社のゴタゴタもあり66年にシングルを1枚リリースしたもののアルバムリリースは69年になる。
同年解散となり唯一作となった「The Charlatans」だが、シスコサイケの名盤として語り継がれている。フォークの色も強くてそこまでヘヴィなサイケでもなくて僕は好き。
The Beau Brummels
ボーブラメルズに関しては正直シスコサイケに入れるべきバンドではないと思うが、サンフランシスコのロックシーンに多大な影響を与えたバンドとしてシャーラタンズと並べるべきだと思うので…
サンフランシスコにて64年に結成。最も《ブリティッシュインヴェイジョン》の影響下にあるバンド、ってゆーかほんとにイギリスのバンドじゃないの?ってくらいビートルズ。「ハードデイズナイト」に含まれていても全然おかしくない〝Laugh Laugh〟というシングルでサンフランシスコのオータム・レコードからデビュー。これが64年12月とバーズの〝ミスタータンブリンマン〟より早いわけで、『世界初のフォークロックはボーブラメルズだ!』という意見もあるが難しいところ…
『世界初の…』ってほんとに難しいところで、フォークロックにしてもサイケにしてもプログレにしても。僕はやっぱり世界初フォークロックは〝ミスタータンブリンマン〟かなぁって思う。〝Laugh Laugh〟はやっぱりビートルズすぎてアメリカ産ではないのかな…まぁでも《ブリティッシュインヴェイジョン》影響下でバーズよりも早くレコードデビューしたアメリカのロックバンドってのは間違いない。偉大。このボーブラメルズとシャーラタンズの存在がグレイトフルデッドら3大シスコバンドを産んだと言っても過言ではないだろうし。
ボーブラメルズはオータムレコードから65年に1stアルバム「Introducing The Beau Brummels」、66年に「The Beau Brummels, Volume 2」をリリース。シングル〝Laugh Laugh〟も含めてこれらのプロデュースを行ったのがなんと後にスライ&ザ・ファミリーストーンでファンクロックの王となるスライ・ストーンなのね。スライもサンフランシスコのバンドなんだな。
スライストーンはオータムレコードのプロデューサーとして働いていて、他にもエアプレインの代表曲〝Somebody To Love〟のオリジナルで知られ、グレース・スリックが在籍していたグレート・ソサエティなどのプロデュースを行った。
そのオータムレコードが66年に倒産となる。シャーラタンズもこの間際にオータムと契約を結んでいたが流れてしまった(そんなこんなでシャーラタンズの1stアルバムは69年に…)。
ボーブラメルズはワーナー・ブラザース・レコードへ移ることとなり、バンド自体もロサンゼルスへと本拠地を変える。
そうしたゴタゴタの中ビートルズなどのカバーを中心に作られた3rdアルバムを1枚挟んだ後の67年4th「Triangle」がマジで名盤。
ワーナーってことでプロデュースがレニー・ワロンカー。そしてやはりヴァン・ダイク・パークスとランディ・ニューマンも関わっていて《バーバンク・サウンド》の原点とも言えるアルバムであり、極上のソフトロック/ソフトサイケであり、サイケフォークである。
このアルバムはめちゃくちゃ好きなんだけど、やはりロサンゼルスに移ったからこその最高の《パッケージング》であるのでシスコサイケには含まれないだろう。ロサンゼルスサイケ、ソフトロックの回で紹介するべきアルバムであったが流れ上仕方ない。
まだ少しあるので2回に分けます!
シスコ界隈