ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成(関連図挫折中)

9-2 デトロイトの暴力ヘヴィサイケ!(第53話)

次はミシガン州デトロイトへ!

 

カウンターカルチャーの発生からヒッピーブームが巻き起こり、サイケデリック旋風が吹き荒れた60年代後半のロック界。ベトナム戦争公民権運動を背景にヒッピーは反体制的なスタンスをとっていたが、その姿勢はどちらかというと『社会に背を向けた型』であった。自然回帰で裸になってみたり、東洋思想に身を預けたり、愛をうたってフリーセックスに興じたり、ドラッグに黄金卿を見たり、種類としては〝世捨て人〟に近いものであったと言えるだろう。

サイケデリックロックとヒッピーの結びつきは非常に強いが、サイケデリックロックを演奏するバンドの中にはヒッピー否定派も存在していた。その例がデトロイトサイケの二大巨頭ストゥージズMC5である。ヒッピーと同じく反体制的スタンスでありながら、「戦争はんたーい、みんなもっと愛を持とうよー、自然にかえろー」といった浮世離れしたヒッピースタンスに対して、もっと過激で暴力的にガチンコで真っ向からアメリカ政府に反抗的な態度をとったのがデトロイトサイケを代表するストゥージズやMC5である。ガチでアメリカという国の現状に苛立ち戦っていた彼らにとって、西海岸に集まってふらふらと夢を見ていたヒッピー達は目障りで仕方なかったのかもしれない。

僕はどちらかというと完全にヒッピー寄りの人間であるが、当時ただの1バンドがFBIに危険視されていたと言われるほどの過激さと影響力を持っていたデトロイトサイケにはやはり熱くさせられるものがあるのだ!

 

9-2 デトロイトの暴力ヘヴィサイケ!(第53話)

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彼らの音楽性は簡単に言うとガレージサイケであるが、その暴力的なパフォーマンスとサウンドから《ヘヴィサイケ》と呼んだ方がしっくりくるだろう。

やはりガレージ、ヘヴィサイケとなると僕の好みではなくて深く掘ってはいないが、代表バンドくらいは一応。僕の知るデトロイトサイケは少ないが後に〝パンクのゴッドファーザーと呼ばれるイギーポップ率いるストゥージズとその兄弟バンドとされるMC5、あと個人的にヘヴィでありながらソフトサイケの匂いもするオルガンサイケバンドSRCをピックアップしたい。

 

The Stooges

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「イギーポップが元々組んでいたバンド」というのがストゥージズを表すもっとも簡単な紹介文句だろう。イギーポップといえば77年のデヴィッドボウイがプロデュースしたソロアルバム「Idiot」「Rust For Life」などが有名であるが、実は僕はイギーポップのCDを1枚も持っていなくて、有名曲数曲くらいしか知らない。すぐ脱いで肉体を見せつけるマッチョさが苦手ではあるが別段特に避けてきたわけではなく気がついたら聞くタイミングを逃してて「もう今更なぁ…」となってしまったいくつかいるミュージシャンの1人だ。とはいえ彼がキャリアをスタートさせたバンド、ストゥージズの1stと2ndはちゃっかり持っている。

 

ストゥージズはイギー・ポップ(ボーカル)とロン・アシュトン(ギター)、スコット・アシュトン(ドラム)のアシュトン兄弟を中心に67年に結成。結成当初はサイケデリック・ストゥージズと名乗っていたがデビュー時にストゥージズと短縮された。〝stooge〟とは〝マヌケ〟の意である。

デビュー前からMC5とは交流があり、68年に共にエレクトラレコードとレコード契約。69年に「The Stooges」でデビュー。プロデュースはヴェルベッツを脱退したばかりのジョン・ケイルとなった。

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69年デビューとサイケバンドとしては少し出遅れた感はあるが、ロック史に名を残す重要アルバムである。パンクの元となったガレージロックの代表格とされるストゥージズであるがこの1stはオルガンの代わりにヘヴィなギターの入ったドアーズ、または、よりアンダーグラウンドなヴェルベット・アンダーグラウンド、といったダークで重力の強いサイケデリック

後になってみるとイギーポップとジョンケイルの組み合わせってすんごいケミストリーだと思うんだけど、その効果が非常にうまく作用した名盤である。ドアーズとヴェルベッツの融合といった感じか。特に3曲目〝We Will Fall〟はジョンケイルによるドローンミュージックとヴィオラが炸裂している。

この初期のイギーの歌は凶暴性やシャウトはあるものの基本ローボイスでジム・モリソンからの影響を強く感じる。ステージ上での自傷行為や露出などの過激なステージパフォーマンスもジム・モリソンの影響が強いようで、67年にミシガン大学で行われたドアーズのパフォーマンスに強い衝撃を受けたことをイギー本人が語っている。77年ソロ時代の代表曲〝The Passenger〟がジム・モリソンの詩に対するオマージュであることは有名である。

ジョンケイルからの繋がりか、ストゥージズはこの時期にアンディ・ウォーホル『ファクトリー』にも出入りするようになりイギーはそこでニコと出会っている。イギーとニコは恋人関係となったようだが、ハイパージャンキーなニコによってイギーはまだ経験したことのなかったハードドラッグに手を染めるようになる。

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1stはガレージの匂いはするもののまさにドアーズmeetsヴェルベッツ(の暗部)といった感じのダークなサイケサウンドであり、イギーがパンクのゴッドファーザーと言われる所以は恐らく70年2nd「Fun House」からであるだろう。

Fun House [12 inch Analog]

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パンクロックの根源となったのは60'sガレージロックだ。65年〜68年のガレージロックを集めた最強ガレージオムニバス『Nuggets』を聞いてみると「なるほど、これらがパンクの元になったのね」とは思うが、当たり前だけど『Nuggets』は《ガレージロック/ガレージサイケ》であって《パンクロック》ではない。元となったのは間違いないがパンクの芽吹きはもう少し後と言えるだろう。

ではパンクが誕生したのはいつなのか、というと僕はこのストゥージズの70年2nd「Fun House」なんじゃないかと思う。このアルバムは1stに比べるとめちゃくちゃハードでヘヴィなアルバムになった。69年にサイケデリックの終焉を迎えたアメリカンバンドはルーツ回帰へ向かう動きが主流であったが、ストゥージズはより暴力的な方向へ向かっていった。サイケブルースをやっていたバンドのいくつかもサイケが終わるとよりハードなブルースロック、ハードロックへと駒を進めたがストゥージズは言わばルーツのない暴力的サウンド、パンクの芽吹きへと向かった。正直僕は全くこのアルバムにハマらなかったが、パンクの出発点として歴史的に重要なアルバムと言えるだろう。

 

パンクブームの到来は70年代半ばであるので、この70年「Fun House」は商業的に失敗し、ロン・アシュトン以外のバンドメンバーが薬物中毒で混乱状態だったことも重なりエレクトラとの契約も打ち切られてストゥージズは解散。

この後イギーは音楽活動を続けバンドを探した結果、アシュトン兄弟が復帰する形となり結局イギー&ザ・ストゥージズとして73年に「Raw Power」をリリース。プロデュース(実際にはリミックスのよう)はデヴィッドボウイであり、この出会いが77年のイギーのソロへと繋がっていく。「ロウ・パワー」は持ってないし軽くしか聴いてないがイギーの声がここで明らかに1オクターブ上がったのにびっくりしたのを覚えている。高い声出たんや!って。

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以上!イギーのソロについてはまたボウイについて書く時(いつか書くつもり…)にでも触れれたら!

 

MC5

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ミシガン州デトロイトのストゥージズの兄弟バンドと言われるMC5

今でこそガレージロックやパンクが苦手だとか歪みギターやスネアやシンバルがうるさいとかアートロックこそがロックの正しい姿だとか言っているが、若き日の僕はロックの破滅性や激しさと暴力性にしっかり魅力を感じていた。高校生の頃はジムモリソンやジミヘン、ブライアンジョーンズら破滅の道を辿った『27クラブ』にも夢中になり、ピストルズらパンク勢やUSニルヴァーナグランジだって爆音で聴いてた。同時に【マザーファッカー】や【サノバビッチ】なんていう英語も覚えた。

英語圏でこの2つの言葉【Mother fucker(母親犯し)】と【Son of a bitch(ビッチの息子)】が最大級の侮辱だと知った時、英語圏の人間は日本人より母親愛が強いんだな、と思ったのを覚えている。日本にも【お前のかぁちゃんデベソ】という悪口はあるけどね。

そんなロック思春期の僕が〝「マザーファッカー」って言葉をレコードに吹き込んで発売禁止になったバンドがいた〟なんて情報を聞いたら当然飛びつくだろう。多分みんなそうしてMC5の69年1st「Kick Out The Jams」に出会ったと思うんだけどどうだろうか。

Kick Out the Jams

Kick Out the Jams

  • アーティスト:MC5
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このMC5もストゥージズと並んで《元祖パンク》と称されるバンドであり、過激な政治批判やパフォーマンスの面ではストゥージズ以上にパンク精神を持ったバンドであると言えるだろう。音楽的にはハードロック的要素も強く持っていて、ストゥージズは1stが明らかにサイケであったがMC5は正直《デトロイトサイケ》に数えていいものかわからない。ハードロックとパンクの融合といえば《ハードコア》であるが、MC5は元祖《ハードコア》とも言えるんじゃないだろうかと思っている。70年代にハードロックとパンクが生まれて、その先に《ハードコアパンク》が誕生するのに、すでに69年にそれに近いことをやってる気がするんだよな。あと《エモ》。エモバンドって正直全く知らないんだけど、唯一「これがエモだろ!」って思うのがAt the Drive-inで、彼らを聞いた時に「MC5だ!」ってなったのを覚えている。ま、どっちもボーカルがアフロなだけで繋がっちゃったのかも。

※アットザドライブインはそこまでハマらなかったが、マーズ・ボルタには結構ハマったし、オマー・ロドリゲスにはシビれた!!

この69年デビュー作「Kick Out The Jams」はライブアルバムであり、MC5の激情を見事に封入したアルバムになった。この68年のハロウィンにデトロイトで行われたライブ音源はMC5の暴力性と怒りに満ちたMCと歌、そしてアンプを山積みにした爆音の演奏が生々しく記録されている。警察にライブを止められそうになったことがあるとか、FBIに危険視されていたとか、レコード店が販売を拒否したとか、そういった逸話を信じざるを得ない内容だ。やはりタイトル曲の〝Kick out the jams〟とその導入前のMCでの「Kick out the jams motherfuckers!」という煽りはすごいインパクト。この「マザーファッカー」の部分は当時エレクトラからリリースされたものやラジオでは「ブラザーズ&シスターズ」に置き換えられたらしい。巨大アフロのボーカルや金色に顔面を塗ったギタリストなど見た目のインパクトも強く派手な衣装を身に纏っていたが、後にデトロイトロックシティというヒットを飛ばしたKISSデトロイトのバンドではない)のメイクには否定的だったという。

いやしかしMC5に出会った高校時分は興奮したもんだが、今聴くとやかましいったらありゃしない。しかしこれもパンク誕生の必需品であり、アットザドライブインらハードコア/エモの元祖と言える歴史的に重要なアルバム。過激な反体制的な姿勢はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンにも繋がって行く。

※レイジと言えば大阪城ホールに再結成ライブを見に行ったな。この話をする時ずっと5,6年前とか言ってたが調べたら2008年だった。これには死ぬほど驚いた、なんとまぁ12年前…恐ろしい、僕は当時18歳だったのか。とにかくレイジは大遅刻で会場ではずっとエヴァネッセンスがかかっていたこととやっと来たと思えばライブは1時間ほどで終わったのを記憶している。それでもレイジの怒りのエネルギーは凄まじく、僕は1曲目(確か〝テスティファイ〟だったと思う)終了時に早くも口から出血していた。外人の客が多くてリンプビズキッドのボーカルみたいなスキンヘッドマッチョ白人達に揉みくちゃにされながらの大暴れだったので当然だ。レイジの、しかも再結成で、さらに日本であれなんだから68年のMC5のライブのエネルギーは死人が出てもおかしくないくらいのものだったんじゃないか、って思ったお話。

 

ところでMC5のスタジオアルバム持ってないなーと思って70年「Back in The USA」を聴いてみたら驚くほどに〝まとも〟なハードロックでびっくりした。歌も演奏もしっかりしてて、なんだか消化不良。恐らく当時のファンも同じ気持ちだったはずで、曲のクオリティは間違いなく上がってるししっかり演奏してしっかり歌ってるのにシラけられるって可哀想な話だ。

さてデビュー前からデトロイトで互いに切磋琢磨し、68年に共に仲良くエレクトラレコードと契約した兄弟バンドと言われるストゥージズとMC5の2組のメンバーは後にいくつかバンドを共にしている。

ロン・アシュトン(ストゥージズ)とデニス・トンプソン(MC5)はNew Order(イギリスの有名なニューオーダーとは別)とNew Raceというバンドを

ロン・アシュトンとマイケル・ディヴィス(MC5)はDestroy All Monstersというバンドを

スコット・アシュトン(ストゥージズ)とフレッド・スミス(MC5)はSonic's Rendezvous Band

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この辺ほ僕は全く触れてないが、デトロイトロックに興味があるならこの辺から色んなところへ繋がって行くんじゃないかな。

 

ちなみにMC5のギタリスト、フレッド・スミスは80年に〝パンクの女王〟パティ・スミスと結婚(共にスミス姓なのはたまたま)。さらにちなみに2人の息子、ジャクソン・スミスは2009年にホワイト・ストライプスメグ・ホワイト(ジャックホワイトと離婚後)と結婚した(これももう離婚したけど)。そうホワイト・ストライプスデトロイトのバンド。

パティ・スミスの79年1st「Horses」ジョン・ケイルがプロデュースしたし、何かとこのデトロイトの重要バンド2つはニューヨークロック勢と関わりがある。近いの?ニューヨークとデトロイトって(全然わからん)。

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もう全くわからないけどアメリカンパンクロッカーのソニー・ヴィンセントのレコーディングやツアーにヴェルベッツのスターリング・モリソンモーリン・タッカーが参加していて、スコット・アシュトンもドラムを叩いていたようであるし(モーリンとスコットは共にドラムので時期はズレるかもわからんが)、イギーポップ、ボウイ、ルーリードのラインもあるし、特にヴェルベッツとの関わりは深い。

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じゃぁ最後にSRCを。

SRC

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  • アーティスト:SRC
  • Micro Werks
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ここまでストゥージズとMC5について書きながらめちゃくちゃ久しぶりにCDを引っ張り出して聴いてみたが、やっぱりヘヴィ過ぎて好みではない、ということの再確認になってしまったのが正直なところで。デトロイト代表の彼らがこの暴力性と激しさであるので、デトロイトサイケ自体にも苦手意識があるんだけどその中で割とお気に入りなのがSRCの68年1st「SRC」

デトロイト特有のヘヴィさは持っているがプロコルハルムに影響を受けたとされるオルガンとソフトサイケ的なウィスパー気味の歌い方でヘヴィなのにソフトサイケ、という奇妙な音になっている。なんか妙に鈍臭い感じもいいのよね。1曲目〝Black Sheep〟はオルガンサイケを代表する名曲。単純だが奇妙なオルガンに壊れたようなファズギター、ソフトサイケな歌、良い。ヘヴィなオルガンサイケと言えばニューヨークのヴァニラファッジを思うけど、SRCを聴いていたら、もしヴァニラファッジの歌が暑苦しくなかったら最強だったんじゃないかって思ったり。

69年デビューのストゥージズやMC5はサイケよりもパンクやハードロックに近い位置にいるが、このSRCの68年1stは間違いなくサイケ。また68年と69年のでかい壁を垣間見たような…

SRCはこの後数枚アルバムを出してるようだがそれは未チェック。その辺も含めてその他デトロイトサイケもまたいつかちゃんと掘れたらなぁと思います!

 

以上!

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(ストゥージズ&MC5周辺図)

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