ドトールというソフトロックの宝庫
僕はコーヒーがそんなに好きではなくむしろ苦手であり、基本的にコーヒーは飲まない。なので必然的にカフェや茶店に行くこともあまりないんだけど、心に余裕が有り余っている時や調子に乗っている時にたまーに行く。そこが気持ちの良い場所であることは知っているのだ。
洒落たカフェに魅力を感じる感性も人並みに持っているし、個人経営のこだわりの強そうなカフェやログハウスチックな茶店なんか見かけたら「おっ」とはなるんだけど、僕が心に余裕が有り余っていて調子に乗っている時にまず探すのはチェーン店であるドトールコーヒーである。
あれはもう6,7年前くらいだろうか、よく晴れた日でその日は友人の結婚式であった。僕は今でもそうだが非常に時間にルーズで、いつもギリギリでバタバタと余裕なく生活している(もちろん逆に家では余裕)。しかしその日は結婚式の余興で弾き語りをすることもあってか異常に早く家を出て、なんと式の受付まで2,3時間あるという状況。気候もよく、めでたい日でもあったし調子に乗った僕はドトールコーヒーで時間を潰すことにした。普段カフェに行かない僕は初めてのドトールコーヒーだった。コーヒーとサンドイッチを注文して緩やかな時間を過ごそうかとBGMに耳を傾けた。
話は変わるが僕は生まれつきの片耳難聴で、左耳が全く聞こえない。もし片耳難聴の人がいればわかると思うんだけど、基本的に店なんかのBGMはほぼほぼ聞こえないのだ。周りの人の話し声や生活音やらとBGMが全て混ざって片耳に飛び込むので中々聞き取るのが難しいのだ。ま、周りがうるさけりゃ聞こえないなんてのは両耳聞こえたとて同じことだけど、特に、ね。
ところがその日僕が座った喫煙席は人がおらず静かな空間で、BGMがすんなり耳に入ってきた。したら深いリバーブの効いたボーカルに鳥の鳴き声、よく知ってる曲じゃないの。The MillenniumのIslandじゃないの。正直ロック好きにはミレニウムなんてもはや全くマニアックではないんだけれど、それでも街で耳にすることはそうそうないのでビックリで、なんか今日はいい日になりそうだなぁなんて苦手なコーヒーを飲んでたらロジャニコ、ハーパースビザール、クロディーヌロンジェ、と次々素晴らしきソフトロックの名曲が流れてくるじゃないの。そう、ソフトロックが流れるカフェ、それがドトールコーヒーなのだ。正直全然知らないソフトロックが流れてきてそれを『SoundHound』で曲名調べて新たなソフトロックを教えてもらったくらい。
音楽仲間でも中々ソフトロックを共有できる人がいないってのに、大手チェーンのカフェでそれが普通に流れてることにとにかく興奮したんだけど、ネットで調べるとやはり僕と同じようにはしゃいでいるソフトロック好きはたくさんいて、ソフトロックファンの間ではドトールが熱いというのは有名な話のようで。
詳しく調べたら少し前の記事だけどBGMのリストまで載ってる完璧な記事があったので気になる方は是非。
https://www.google.co.jp/amp/s/www.excite.co.jp/news/article-amp/E1434071926281/
なるほど、時間帯で違うみたいでAORやブラジル音楽なんかの時間帯もあるみたい。ソフトロックは11~14時なんだって!今もそうかは知らないけど…
かなりの音楽好きのドトールのBGM担当とUSENの担当が相談を重ねて決めてるみたいで、素晴らしい選曲ですね。
さて、今回はマーゴ・ガーヤンという天使を紹介したいんだけど、前にも言ったようにジャンルの定義って難しくて。正直僕がハッキリとソフトロックだと言えるのは前回前々回に書いたロジャニコ関連、カートベッチャー関連だけで…
ギターロックじゃないこと、ブルースの匂いがしないこと、ウィスパーボイス気味であること、などに加えて西海岸、カリフォルニアのアーティストであること、と僕は定義付けたんだけれど、マーゴ・ガーヤンは東の人なのよね。
しかしここにもう一つ定義を付け足そうと思う。
《ドトールで流れてくること》
そうマーゴ・ガーヤンもドトールで流れてたんだな(流れてきた時はつい立ち上がってしまった!)。ってことでドトールで流れてたんだからマーゴ・ガーヤンもソフトロックだ!
6-5 マーゴ・ガーヤン〜永遠の恋人〜
ソフトロックファンの永遠の恋人マーゴ・ガーヤン。もちろん僕も見事に恋に落ちた。
好きな女性ミュージシャンはたくさんいる。ジャニスだっているし、サンディ・デニーもパティ・スミスも。特にジュディ・シルなんかはもう尊敬を通り越して畏怖を覚えているくらいだ。しかし恋に落ちたのはマーゴだけだろう。
そういえばミュージシャンではないがパティ・ボイドに惹かれた時もあった(ロックファンなら誰もが一度はあるよね)。ジョージハリスンとエリッククラプトンの前妻であり2人の名曲の題材にもなったファッションモデル、パティ・ボイドの可愛さにはやられた。ちょっと出っ歯なのも良し。
(パティボイド)
ジョージの東洋思想傾倒のガイドであり、ビートルズインド訪問の立役者でもあるんだよね。彼女の自伝、読みたいと思い続けて読んでないな…2008年に出版された本でジョージやクラプトンとの恋についてもしっかり書かれているようなんだけど、『ワンダフル・トゥデイ』ってタイトルであり、クラプトンがパティボイドとの愛を歌ったWonderful Tonightをあからさまにもじったタイトルで、「おい!ジョージはどうした!!」って思ったのを覚えてる。
さて、パティボイドの魅力はジョージ、クラプトンが恋に落ち、ジョンレノンやミックジャガーまでもが惹かれていたと言われるその可愛らしさであるが、シンガーソングライターであるマーゴガーヤンの魅力はもちろん見た目もあるが可愛らしくも知的な彼女の音楽にあるだろう。元々はジャズで育った人であり、その知的な音楽性を土台に天使のウィスパーボイスで恋を歌う。その空気感はまさに《映画のような恋》であり、僕は彼女の曲をサントラにしたラブコメディ映画を製作するべきだとずっと思っている。
僕はカフェの持つ魅力の一つに《映画のような空間》というものがあると思っている。日常にありながら日常から切り離されたカフェという空間。そこで流れるBGMはまるで映画のBGMのようだ。ドトールのBGMリストにマーゴガーヤンをチョイスした担当者はえらい!
そんなマーゴガーヤンの音楽キャリアは作曲者としてスタートしており、58年まで遡ることになる。
ジャズピアニストマーゴ
(クリス・コナー)
マーゴガーヤンは1937年生まれで、ロック史の中でもかなりの年長者である。ビートルズでもジョンが40年生まれでポールが42年生まれ。ソフトロックは60年代後半に活躍するが、裏方の人間が活躍するからか年齢層は割と高めでビートルズ辺りと同年代か少し下くらいであることが多いが、マーゴはさらに上。ソフトロック連中でもロジャニコが40年生まれ、カートベッチャーが44年生まれだからね。マーゴは68年に「Take a picture」でソロデビューするわけだけど、31歳でのデビューというわけだ。今の僕と同じくらいか……まぁ31歳の女性を天使だ天使だと20歳そこそこの僕が夢中になってたと思うとおかしな話だけど。
1937年ニューヨーク生まれのマーゴは幼少期からクラシックピアノを習いボストンの大学に進むとジャズに興味を持つようになる。
大学を卒業した年の夏に《Lenox School of Jazz》という講習に参加する。これがどれくらいの期間なのかとかどんな内容なのかとかはよくわからないんだけど、講師陣はMax RoachやBill Evansといったすごいメンツで、若手のジャズプレイヤーを育てる割と大きな講習であったよう。
この時マーゴはサックスプレイヤーのOrnette Coleman(オーネット・コールマン)とクラスメイトであり、一緒にプレイした二人はMJQのJohn Lewisに才能を認められ、彼の音楽出版社と契約しプロのジャズプレイヤーとなることに成功する。
58年にジャズシンガーであるChris Connor(クリス・コナー)に〝Moon Ride〟という曲を提供したのが作曲家としてのデビューである。61年には同じくクリス・コナーが「Free Spirits」というアルバムでオーネットコールマン作曲の〝Lonely Woman〟に歌詞をつけて歌った際の作詞もマーゴが担当しているよう。
※恥ずかしながら僕はジャズに疎くて、ここまで出てきたジャズミュージシャンをほとんどわかってない。かろうじてビル・エヴァンスがわかるくらいで…
こんな感じでジャズ界隈で作曲、作詞、ピアニストとして仕事をしていたマーゴだが、66年に友人に勧められた1枚のレコードに大きな衝撃を受ける。そのレコードというのがビーチボーイズの「ペットサウンズ」であり、その中でも特に〝God Only Knows〟に衝撃を受けたらしい。
アメリカの大人気バンドビーチボーイズを友人に勧められるまで知らなかったとしたら元々よっぽどロックやポップスに興味がなかったんだなぁと思うんだけれど、この衝撃を期にマーゴはポップス曲を作るようになるわけだ。
〝Think of rain〟と〝Sunday morning〟
(Spanky&Our Gang)
「ペットサウンズ」によってロック、ポップスに目覚めたマーゴはこれまで同様作曲家として曲を提供していくが、その提供先はジャズ界隈ではなく、ソフトロック/サンシャインポップ界隈となる。
ペットサウンズを1000回聞いた後に作ったと言われる〝Think Of Rain〟はボビー・シャーマン、ジャッキー・デシャノン、そしてクロディーヌ・ロンジェによって67年に歌われた。同じ年に3人のシンガーが同じ曲を歌うなんて変だなぁなんて思うんだけど、当時は珍しいことではなかったのかな?
僕はクロディーヌ・ロンジェを『マーゴガーヤン好きならオススメ!』的な特集で知ったんだけど、確かに2人の歌は同じ雰囲気を持っていて共通する部分がある。ただしクロディーヌロンジェはシンガーであり、マーゴはシンガーソングライターであるのでまぁマーゴに軍配は上がるだろう。
クロディーヌロンジェには同67年にクリスマスソングである〝I Don't Intend To Spend Christmas Without You〟も提供している。
続いて〝Sunday morning〟を多重コーラスが特徴のソフトロック/サンシャインポップのバンドであるSpanky&Our Gangが67年にシングルリリースしヒットする。これによってマーゴの名はロック界に轟くことになった。
68年にはボビー・ジェントリーとグレン・キャンベルのデュオもこの曲をカバーしており、〝Sunday morning〟はマーゴの代表曲と言える曲である。
そしてついに68年にSpanky&Our Gangのメンツをバックに従えてシングル〝Spanky&Our Gang〟でマーゴ自身もソロデビューし、同年アルバム「Take a picture」をリリースする。
Take a picture/margo guryan
2. Sun
3. Love Songs
4. Thoughts
5. Don't Go Away
6. Take A Picture
7. What Can I Give You?
8. Think Of Rain
9.Can You Tell
10. Someone I Know
11. Love
このジャケットと〝Think Of Rain〟によって《雨の日の恋人》なイメージが強いマーゴガーヤン。《雨》のイメージであるが決して暗くはなく穏やかで可愛らしい曲ばかりだ。ただしやはり《サンシャインポップ》とは少し違い、《雨のソフトロック/ソフトサイケ》といったところだろうか。
基本的に彼女のバックボーンにあるジャズ的ニュアンスが効果的に機能して非常に知的で洒落たポップソングを作り出している。ジャズのニュアンスを確かに感じるが、決して《ジャズロック、ジャズポップ》にはならず《ソフトロック、バロックポップ》に仕上がっているのがすごい。おそらくは本人とプロデューサーも強く意識したところではないだろうか。
1曲目〝Sunday morning〟のセルフカバーではSpanky&Our Gangのバージョンとは違った軽快なアレンジを施してある。Spanky&Our Gangの〝Sunday morning〟は彼らの多重コーラスの特徴もあってか中々大げさで壮大な仕上がりとなっていたがマーゴのバージョンでは室内的でコンパクトなアレンジとなった。彼女の音楽に封入されている世界は《街》であったり《部屋》であったり《カフェ》であったり、彼女の極々身の回りの世界であるように感じる。ウィスパーボイスもそれをより一層際立たせる要因だろうか。その実に内向的でミニマムな世界感が彼女の恋や日常を《映画的》に映し出していく。
音楽的特徴はとにかく変拍子の使い方が自然体で素晴らしい。変拍子をさらりと曲に混ぜ込むのが頻繁に見られるが決して《キメ》として大げさにしないバンドアレンジもお洒落だ。
68年、ブーム真っ只中のサイケデリックニュアンスも十分に詰め込んであるが思想やドラッグといったものではなく、音楽としてのサイケデリックを吸収し反映させているといった感じか。
ほんとに頭から最後まで名曲揃いで、〝Love songs〟タイトル曲〝Take a picture〟なんかは癒し系ソングの極みである。〝Take a picture〟は全カメラ女子のテーマソングとなるべき曲だろう。
そんな中で僕が1番好きなのは10曲目〝Someone i know〟。
バッハの『主よ人の望みの喜びよ』を絶妙に取り入れた素晴らしいバロックポップである。バッハを曲に取り込んでおきながら壮大な雰囲気にさせないアレンジにしびれる。ドラムが特に好きで、僕の知る全ロック曲の中でも好きなドラムだ。
11曲目ラストは〝Love〟というアホほどサイケな曲で締めくくられる。前半はほとんど壊れたかのように自由すぎるセッションの連続、後半はノリはいいのに浮遊感溢れるという不思議な曲。
discogsで調べたところ96年に日本で初CD化!マーゴも日本発掘なのね、すげぇな渋谷系!
僕がもってるのは2000年のUS盤かな?ボーナストラックの〝Timothy Gone〟って曲がまたいいのよ。
その後
マーゴは「Take a picture」リリース後ツアーの打診をされるが断っており(ライブ一回もやってないんじゃないかな)、その後目立った活動をせず、ピアノの先生をして生活していたよう。このピアノの先生ってのが音楽学校の教授なのか、街の子供向けの音楽教室の先生なのか詳しくわからないんだけど後者であってほしいな。なんとなくね。
2001年にリバイバルブームを受けて「25Demos」というマーゴのデモ音源集がリリースされるが、デモといってもしっかりとアレンジが施されておりファンを喜ばせた。2014年に「27Demos」、2016年に「29Demos」と2曲ずつ追加されてはリリースしており、まだあるんじゃないかと楽しみにしている。
マーゴ自身も2007年に動きを見せて「16words」というシングルを発表している。
これがソフトプログレ、バロックプログレと言えるような過去の印象とは違う雰囲気を持った曲であるが、
歌詞は
「THE BRITISH GOVERNMENT HAS LEARNED THAT SADDAM HUSSEIN RECENTLY SOUGHT SIGNIFICANT QUANTITIES OF URANIUM FROM AFRICA」という、ジョージブッシュ氏が発言した16個の単語にそのままメロディを付けるというなんとも凄まじい曲。
意味はサダムフセインがアフリカからウランをどうたらこうたらイギリス政府がなんちゃらかんちゃら、あんまりよくわからないんだけど、とにかく激しく怒って批判しているんだろう。ってのは伝わってくる。
とにかくブッシュの発言をそのままそれだけを歌詞にして、タイトルが16wordsだなんて、なんて洒落てるんだろうか。
PVも政治批判満載で鳥肌ものなので是非!このPVアイデアすごい!
2009年には「The Chopsticks Variations」というピアノインストアルバムもリリース。
詳しくわからないんだけど《チョップスティック》というのは両手の人差し指一本ずつで箸のように弾くピアノのことらしくて、そういう弾き方のことなのか、それで弾く曲の名称なのか勉強不足でわからないんだけど、マーゴがそれをやってるみたい。ジャケットもピアノの教本風だし、生徒用なのかなんなのか、とにかく不思議な人だ。
終わり!知的でありながら可愛いソフトロックファンの永遠の恋人マーゴガーヤンを是非(今82歳か…)。僕は《無人島に持って行く10枚》的なやつを心の中で頻繁にアップデートしてるんだけど、この「Take a picture」というアルバムは出会ってから今日までランクインし続けています。前回のミレニウムの「Begin」もね!ロジャニコは50枚以内には入ってるって感じかな…ソフトロック強し!
では図だけ軽く繋いどきますー