ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成

8-6 The United States of America〜最古の電子ロック〜

アートロック

ロックは元々エンターテイメント性やアイドル性を持った非芸術的スタンスで60年代頭に誕生した。しかし60年代半ばになると『芸術志向』へ向かうミュージシャンが増え始め、それらは《アートロック》と呼ばれることとなる。

《アートロック》というジャンルに属するバンドというのはスタジオワークに力をいれ、『芸術作品』としてのロックを作り出すことを重視したバンドである。ビートルズの「リボルバー」以降を始めとしたサイケデリックロック、バロックロック、ソフトロック、ジャズロックプログレッシブロック、この辺りのものは大きな意味で《アートロック》に含まれていると言えるだろう。

ビートルズの「サージェントペパーズ」が提示したコンセプトを定めてアルバムという芸術作品を作る、という方法は60年代後半に【サージェント症候群】と呼ばれるほど幾多のバンドに影響を与え、素晴らしい《アートロックアルバム》が数えきれないほど誕生した。

より芸術性の高い作品を作るためにロックは様々なものを吸収した。クラシック、古楽、ジャズ、民族音楽、宗教音楽、文学、哲学、LSD…まだまだある。『作品』としての音楽を作り上げるためにロックは多方面と融合し、深みを増した。僕が60年代後半のロックに夢中になったのは、その時期がアートロック全盛期であり様々なアイデアに溢れた音楽が多数存在しているからだろう。ライブ再現を度外視し、バンドという形式すら無視して自身はプロデューサーとなりプロのミュージシャンを起用し『作品』を作り上げる、といったスタイルのプロジェクトもソフトロック界隈などでこの時期に多数生まれている。《自作自演》を名の下に誕生したロックミュージックが、「作品を作ることと作者自ら演奏に加わることは別のことだ」という答えに至るまで《作品重視》の思考は進んでいったのだ。

 

アート(芸術)とは如何に

しかしこれらは《芸術とは作品である》という理念のもと成り立つものであるが、60年代というのは《前衛芸術》の全盛期でもあった。

僕は《前衛芸術》に詳しくはなく、正直「斬新やったら何でもいいんかい」って少し胡散臭さを感じてしまうこともあるんだけど…、大事なのは斬新さではなく思想であり、彼らはとにかく物事を《根本》から疑うことを得意としていたと言える。例えば実験音楽の父ジョン・ケージは「音楽とは何か」ということに疑いを持ち、1952年に4分33秒という4分33秒、273秒の無音の曲を作曲した。この曲はケージの《偶然性の音楽》の際たる例であり、無音の中で客席から起こる服の擦れる音や咳、空調の音などの偶然発生する音に耳を傾けるという思想が込められている。これは『作品』と呼べるものではない芸術であるだろう。ケージは「美しい自然の風景をぺらぺらな絵葉書にしてしまうようなものだ。」と、音楽を作品としてレコードにしてしまうことに否定的であり《芸術とは作品である》という当時の常識に立ち向かった男であった。ケージによる最終的な音響結果を確定させない偶然的な音楽は実験音楽と呼ばれ、前衛音楽界に多大な影響を与えることとなる。

※《前衛音楽(アヴァンギャルド)》実験音楽(エクスペリメンタル)》ってほぼ同意義だと思ってたんだけど、厳密には違うみたいで……しかし申し訳ないがここではほぼ同意義のものとして使わしてもらいまする。

 

前衛芸術における〝ハプニング〟も作品よりも空間そのものを芸術としてみなす点で非常に偶然性を多く孕んだものであり、《芸術とは作品である》という考えの外にあると言えるだろう。

 

エクスペリメンタルロック

60年半ばにロックが《アートロック》と化すとロックミュージックと《学問としての音楽》の間にあった垣根は取り除かれ、様々な《音楽家》がロックに参入してくることとなる。クラシックやジャズのインテリ、民族音楽家、民謡研究家…

芸術学校出身のミュージシャンが出てき始めたのもこの時期だ。サイケデリックは色と音楽を結びつけ、美術学生たちもギターを手に取った。

《ロッカー》であったロックミュージシャン達も皆《ロック研究家》となった。古い民謡や古楽を熱心に探究し、ブリティッシュフォークロックのようなものも誕生した。

そんな中、前衛芸術もやはりロックと接触することとなる。

(例1)前衛芸術家オノ・ヨーコとロックスタージョン・レノンは66年に出会い、ジョンの感性を拡大。

(例2)63年にイギリスからニューヨークの前衛音楽界隈へと渡ってきたジョン・ケイルは65年にルー・リードと出会いロックバンドThe Velvet Underground(ヴェルベッツ)を結成。

 

当時の《実験音楽》は『偶然性の音楽』の他にもいくつか画期的な実験テーマを持っていた。それは『ミニマルミュージック』『ドローンミュージック』『ノイズミュージック』『電子音楽などである。それらをロックに取り入れたもの、或いはそれらを生業にしていた前衛音楽家達がロック界に名乗りをあげたものが《エクスペリメンタル・ロック(実験ロック)》と呼ばれるものである。

 

《エクスペリメンタルロック》はあくまで〝実験的〟であることから完成作品というよりはその経過を見せられているような不安定さを持っている。その不安定で予測不能な音楽性はサイケデリックロックとも結びつきが強く、《サイケ》と《エクスペリメンタル》の2つのジャンルを跨いでいるバンドも少なくない(グレイトフルデッドの長尺ジャムは実験的ロックとも言えるだろう)。

前衛芸術の中心地はどちらかと言えばニューヨークであるのだろうが、LAサイケにもサイケ/エクスペリメンタルロックバンドが存在しており、ジョン・ケージの最後の生徒だと言われるジョセフ・バードを中心としたThe United States of Americaというどうしようもない名前のバンドがLAにいたのだ!(疲れた、前置きで瀕死状態。)

 

8-6 The United States Of America〜最古の電子ロック〜

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さて、やっと来ました僕の好きなサイケバンドベスト5には入るバンドThe United States of America!僕は特別エクスペリメンタルロックが好きなわけじゃなくて、フランク・ザッパキャプテン・ビーフハートなんかもしっかり聴いてないし…ただUnited States of Americaは僕にクリティカルヒットして、初めて聴いた時は完全にノックダウンさせられた。

 

中心人物である前衛音楽家ジョー・バード(またはジョセフ・バード)が持ち込んだ原始的なシンセサイザーによる『電子音』やリングモジュレーター、エレキバイオリンなどがこのバンドの特徴であるが、女性ボーカルであることからよくジェファーソンエアプレインとヴェルベッツを足したような音楽性と例えられる。単純にサイケロックとしてのバンドサウンドやメロディも非常に好みで、作詞も担当したジョーバードが政治的関心が強かったこともあり歌と言葉を大事にし、土台にロックを置いて実験音楽を背景や味付けとして使用したのも聴きやすくてロックファンに愛されている理由だろう。

 

United States of Americaは68年にバンド名を冠した唯一作を残し解散となるが、サイケバンドとしてもエクスペリメンタルとしても、そして最初期の《エレクトロ・ロック(電子ロック)》としても重要なバンドであるだろう。エレクトロといえばやはりクラウト・ロックであり、70年代のドイツのクラフトワークカンファウストらによるものが全盛期だろうが、67,8年辺りに欧米で既にその芽は出ていた。この最初期の電子ロックと言えるバンドにはサンフランシスコにFifty Foot Hose,ニューヨークにSilver Apples,イギリスにWhite Noiseがいるがどれも前衛的でサイケデリックで魅力的だ。そしてその中で1番ロック色が強いのがLAのThe United States of Americaなんじゃないかな。

 

そんなThe United States of Americaについてこの8章『LAサイケ』の流れで書きたいんだけど、前衛音楽家ジョーバードとロックがどのように出会ったのかという話から。

 

ジョー・バード

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ジョーバードは1937年にケンタッキー州に生まれアリゾナ州で育った。10代の頃はカントリーやポップバンドでアコーディオンビブラフォンを演奏し、アリゾナ大学時代にはジャズカルテットを結成し、作曲を学んだ。

 

アリゾナ大学を卒業するとカリフォルニアのスタンフォード大学の大学院で作曲を学ぶこととなり、ここでラ・モンテ・ヤングと出会い、更には近くのバークレー校の院生であったスティーブ・ライヒテリー・ライリーとも出会っている。ラモンテヤング、スティーライヒ、テリーライリーは実験音楽、特にミニマルミュージックの最重要人物となる人達で、この辺と絡みがあったジョーバードもかなり優秀な院生であったに違いない。

特にラモンテヤングとは親交が深かったようであるが、ラモンテヤングはドローンミュージックに熱心であり60年代半ばにTheatre of Eternal Musicというグループを結成した。Theatre of Eternal Musicにはヴェルベッツ結成前のジョン・ケイルが所属しており、共にロック界に参入したバードとジョンケイルにもラモンテヤングを通じて何かしら繋がりがあったと思われる。

 

バードは60年にスタンフォード大学修士号を取った後ニューヨークに移りジョン・ケージに師事することとなる。バードによるとバードはジョンケージの最後の生徒となったらしい。

バードはデザイナーであるジョージ・マチューナスが提唱するフルクサスという前衛芸術運動にラモンテヤングやオノ・ヨーコと共に参加し、61年にはオノヨーコのロフトにて前衛音楽のコンサートを開いていたようなのでヨーコとも親交があったよう。フルクサス運動は前衛芸術において重要な運動のようだが、僕はあまり詳しくは知らない…

この60年代頭、ニューヨーク時代にバードが作曲したミニマル志向な実験音楽は2004年にAmerican Contemporary Music Ensembleというその名の通りアメリカの現代音楽を演奏するアンサンブルバンドによって音源化されている。

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バードは63年に後にThe United States of Americaのボーカルとなる女性、ドロシー・モスコビッツと出会い共に西海岸へと戻った。

西海岸に戻ると今度はUCLA音楽学博士課程(?)に入学し、音楽史、音響学、音楽心理学インド音楽を研究する。ほんまどんだけ学ぶねんってゆーくらい学んでるな…音学者です。

この頃に新たに音楽知識を蓄えると同時に過激な政治的見解を持ち始め、共産党に加わることとなる。

65年に行われた〝ハプニング〟の1部として友人であったリンダ・ロンシュタット(この繋がりは意外!)のブルースバンドに参加したらしく、バードは「ロックが大衆へのアクセスであるという認識がそのコンサートから生まれ、バンドを形成するというアイデアが具体化され始めた」と述べている。66年にはニューヨークに比べると遅れていた西海岸で最初の前衛芸術のフェスティバルを共同プロデュースし、バードは西海岸における前衛芸術の重要人物となっていた。

 

67年についにバードはロックバンドThe United States of Americaを結成する。

バードによると電子音楽ではなく、電子音...音楽/政治ラディカリズム、パフォーマンスアートを組み合わせるというアイディアを備えた前衛的な政治的/音楽的ロックグループ」という理念の元結成されたようで、あくまで実験音楽ではなくロックバンドであるという意識は強かったようだ。

50年代末から様々な学校や師の元で学びに学んできた音学者ジョセフバードはその知識をあくまで表現方法として、アイテムとして使い、ロックという媒体によって自らの思想(主に政治的な)を世に放ったのだ!素晴らしい!

 

そして68年頭にコロンビアレコードから唯一作「The United States of America」をリリース。

 

The United States of America(1968)

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1.The American Metaphysical Circus
2.Hard Coming Love
3.Cloud Song
4.The Garden Of Earthly Delights
5.I Won't Leave My Wooden Wife For You, Sugar
6.Where Is Yesterday
7.Coming Down
8.Love Song For The Dead Ché
9.Stranded In Time 
10.The American Way Of Love

 

まずこの最悪のバンド名!笑

しかし前衛芸術の人間だって言われたらこのバンド名もなんだか一周回って深くて良いんじゃないかと思わされるこの感じ…

 

「単なるサイケアルバムと思って聴くと裏切られるかも」みたいなこのアルバムに関する文を読んだことがあるが、全くそんなことはなくて間違いなくサイケアルバムに、ロックアルバムに数えてよいアルバムである。むしろ《現代音楽》側の人がこのアルバムを好むとは考えづらい。2.Hard Coming Love4.The Garden Of Earthly Delights7.Coming Downのようなジェファーソンエアプレインを思わせるロックナンバーもあるし。

 

なんと言っても導入、1.The American Metaphysical Circusからやられる。笛の音、ピアノ、マーチングバンド的な演奏などの全く別のセクションが何重かにコラージュされた超絶不協なイントロからバンドインと同時に歌い出しで本編が始まる。僕はこの曲と英White Noise「An Electric Storm」の一曲目〝Love Without Sound〟を聞いて「なるへそ、これがエクスペリメンタルか!」とものすごく納得したのを覚えている。どちらの曲もメロディ自体は可愛くてシンプルでありながら言いようのない不安定さを持った最高のサイケデリックソングである。

 

ジョーバードの電子音やリングモジュレーターやエレクトリックバイオリンなど、このアルバムに関して語るべき魅力は山ほどあるだろうが、何よりも曲が良い、メロディがよい、単純にその事をもっと皆言うべきだと思う。構造上『際モノ』と捉えられがちなんだけど…

 

3.Cloud Song8.Love Song For The Dead Chéはアルバムの中でも《現代音楽》的曲であるだろう。もはやクラシック。エレキバイオリン、歌、ピアノ、オルガン全てが美しく、Cloud Songの水滴の音のようなベースの音は何度聞いても心地よい。

 

5.I Won't Leave My Wooden Wife For You, Sugarは電子ブルースとも言えるブルースソング。歌ってるのは恐らくジョーバード。ブルースにするとより一層電子類の活躍が浮き彫りになり、面白い曲だ。この曲聞くとなんとなくディランのHighway61 Revisited〟を思うんだけどどうだろう。

 

6.Where Is Yesterday9.Stranded In Timeはエレキバイオリンとリングモジュレーターを担当したゴードン・マローンの作曲とメインボーカルで、このバンドは決してジョーバードのワンマンバンドではないことを教えてくれる。6.Where Is Yesterdayはアルバム中僕が1番好きな曲で1番サイケデリックな曲。輪唱を用いたボーカルセクションは秀逸で、ヴェルベッツの〝Venus in Fursと同じ空気感を感じる素晴らしき重力サイケ(こっちはエレクトロ、ヴェルベッツはドローンの違いはあれど)。9.Stranded In Timeは短い曲であるがバイオリンをフィーチャーしたゾンビーズ的なバロックポップである。好き。

 

ラストは3つのパートから成る組曲10.The American Way Of Loveの最終章では頭からここまでの曲を走馬灯のようにコラージュさせ奇妙に締めくくる。

セールスは全米181位となんとかビルボード200に入った程度であったが現在ではプロト・プログレやアーリー・プログレと称されることもありイギリスやヨーロッパ勢に多大な影響を与えたアルバムとされている。

 

ジョーバードはやはり実験音楽の人間であるのでアートパフォーマンス、つまりはライブツアーも行っている。この原始的シンセによる電子音やボーカルエフェクトなんかを上手くライブ再現できたのか信じ難いことだが、wikiによるとヴェルベッツやThe Troggsと共にライブを行い成功した、とある。すげぇ。ライブ音源プリーズ。

しかしさっきも言ったがバンドはジョーバードのワンマンではなく、メンバーにもそれぞれのヴィジョンがあり、それが噛み合わず残念ながら解散となる。

 

その後のジョーバード

バンドを解散させてしまったジョーバードはすぐにメンバーを集め直し電子ロックアルバムをもう1枚リリースする。69年にJoe Byrd and The Field Hippies名義で「The American Metaphysical Circus」をリリース。このアルバムタイトルがUnited States of Americaの1曲目と同じなのでややこしいのよねん。

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これもジョーバードによる電子ロックであるのでUnited States of Americaの2nd的な扱いで1stと並んで紹介される重要アルバムであるが、United States of Americaはワンマンバンドではなかったことに気づいてからは別物として考えるようになった。これはこれで好き。

 

75年にはjoseph byrdとソロ名義でクリスマスソングと電子音楽を掛け合わせた「A Christmas Yet To Come」

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76年にルーツミュージックと電子音楽「Yankee Transcendoodle」をリリース。

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この2枚はロックとして語られるアルバムではないだろうがバードのやろうとしている《実験》が詰まっていて面白い(流石にCD持ってまへん)。Youtubeにも何曲かあがってるので電子音楽に興味がある方は是非。

 

ライ・クーダー「Jazz」

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ライクーダーの78年名盤「ジャズ」にアレンジと指揮で参加したのもバードのキャリア上ビッグな仕事の1つだ。ジャケット下部にしっかりと名前が書いてある辺りかなり重要な役割を果たしたようだが、深くは聞いてない。

 

ライクーダーといえばスライドギターの名手でルーツミュージックの人間であり僕はあまり触れてこなかった部類でして、ストーンズの69年「Let It Breed」〝Love in Vain〟でのスライドギターの印象くらいしかないんだけど、最近その時のセッション音源『ジャミング・ウィズ・エドワード』なるものを初めて聞いた。キースリチャーズとライクーダーが喧嘩になり、キースが帰った後に行われたセッションらしくて、ミックジャガー、ビルワイマン、チャーリーワッツ、ニッキーホプキンス、ライクーダーによるものみたい。ほぇー。

ま、話は面白いけどね!

 

終わり

他で言うと、ドロシー・モスコビッツがカントリージョーの72年ソロにピアノとコーラスで参加したくらいかな。個人的にはバイオリンのゴードンマローンの他キャリアが気になるとこだがひとまずこれくらいで。

とにかくThe United States of Americaは僕の音楽人生の中でもかなり衝撃を与えてくれたバンドで、特にあの頃は若くて「ロックって大体同じことの焼き回しやなー」なんてわかったようなことをほざいていたところにコレが追突してきたわけで、今では「一生かかってもロックを解き明かせない」という沼にハマってしまった。ロックに新たな衝撃を求めてるなら是非オススメ(知らないなら)!

Fifty Foot Hose(シスコバンドやと思ってなかった)、White Noise(ブリティッシュサイケで書きそびれ)、Silver Apples辺りにもまた触れれたら!

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(今回図)

 

ジョーバード→ラモンテヤング→ジョンケイルと繋がったので、ヴェルベッツ行こうかと!ニューヨークへ!

 

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(LAサイケ周辺)