前回はマーク・フライについて書きました。
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マーク・フライ復活後の2011年3rd「I Lived in Trees」はThe A.Loadsというユニットとのコラボレーションで作られたが、そのThe A.Loadsのニコラス・パーマー(Directorsound)とマイケル・タナーによる室内楽的なアレンジから僕はこの3rdを《チェンバー・フォーク》と呼べると書いた。
チェンバー(室内楽)
しかし正直僕は【チェンバー(室内楽)】という言葉をハッキリとは理解していない。僕が室内楽についてなんとなく把握しているのは、オーケストラの合奏とは違い1パートにつき1人で演奏する小規模編成のアンサンブルであること、劇場でも教会でもないもう少し小さな場(室内)で演奏されるための音楽であること、主にバロック時代(1600〜1750年)に多く見られた音楽であること、使用楽器はヴァイオリンやチェロの弦楽器とフルートやオーボエの管楽器、そしてチェンバロ(ハープシコード)であること、くらいだ。その要素を取り入れたものが《チェンバー・ポップ/ロック/フォーク》になるわけだが、そうなると《バロック・ポップ/ロック/フォーク》との違いがよくわからない。《チェンバー〜》と《バロック〜》はポピュラーミュージックを語る上ではほぼ同意語として使われているように思うが、正しくは大きく時代を表す《バロック》に形式を表す《チェンバー》が含まれているということなのだろうか。
クラシックの教養がまるでないのでこの辺のことがとにかくわからないが個人的には「ポップ/ロック/フォークにバロック音楽の要素を取り込んだものが《バロック〜》」で「ポップ/ロック/フォークを室内楽的編成で鳴らしたものが《チェンバー〜》」と認識している。僕にとって《チェンバー(室内楽)》はその音楽性というよりも楽器編成としての意味の方が強いということだ。
前回マークフライの回で【チェンバー】という言葉を使ったことからこのようなことを考えていたわけだが、僕がこういう(おそらく間違った)認識に落ち着いてしまった理由はThird Ear Bandにあるんじゃないかと思ったり。プログレバンドに数えられつつ〈元祖チェンバー・ロック〉と紹介されていたThird Ear Bandは〝パッヘルベルのカノン〟やバッハ等の音楽的要素などまるでなく、室内楽の楽器編成で実験音楽を鳴らすイカれたバンドだったからだ。
3-11 Third Ear Band〜第3の耳楽団〜(第90話)
なわけでThird Ear Bandを。そんなに好んで聴いてきたバンドではないんだけどね。
7,8年ほど前に従姉妹の結婚式で東京へ行った際にお茶の水のディスクユニオンで70年2ndを買った(超絶な大雪だったせいでよく覚えている)のが出会い。ヴァイオリン、チェロ、オーボエとパーカッションで怪しげなインストゥルメンタルを奏でるのを聴いた時思ったのは「これはロックと呼んでいいのか?」だった。
そもそもロックと呼べるのか
この度サードイヤーバンドについての記事をいくつか読んだところ、やはりこの疑問は皆さん持ってるようで。なんせ歌もギターもベースもドラムも鍵盤も基本的に無く、ほとんど即興で〈偶然性の音楽〉に身を委ねた室内楽編成の実験音楽。これがプログレッシブロックやチェンバーロックなどとロックの範疇で語られていいのか、明らかに現代音楽/実験音楽の類ではないか。
そんな疑問を長らく持ちながらピンクフロイドの70年頃の実験期、アモンデュール等ドイツの実験的ロックバンドらとかろうじて無理矢理同じカテゴリにサードイヤーバンドを入れていたわけだが、この度バンドの成り立ちや活動区域を知っていくことでロックの範疇に含むべき根拠のようなものが見えた。
ロンドンアングラ
(広報誌IT)
ロンドンアングラについては過去にピンクフロイドと関連付けてで軽く触れた。ロンドンアングラ広報誌〈インターナショナル・タイムズ(IT)〉の創刊記念イベント、ロンドンアングラの聖地〈UFOクラブ〉、ロンドンサイケの祭典〈14アワー・テクニカラー・ドリーム〉、というロンドンアングラの誕生と発展の流れのど真ん中で初期ピンクフロイドは活動し後に化け物バンドへと育っていったわけだが、〈IT〉という広報誌も〈UFOクラブ〉というライブハウスも〈テクニカラードリーム〉等いくつかのアングライベントも全てはLondon Free School (LFS)が発端であるらしい。LFSについては詳しくわからないがSchoolと言っても学校というよりは集会のようなもので、ビートニク/ヒッピー/新左翼/活動家らの〝無秩序な一時的連合〟であったようだ。アメリカで勃発したカウンターカルチャーの煽りを受けて66年3月に設立し、これがロンドンアングラを形成していったというわけだ。中心人物はロンドンアングラの象徴で〈IT〉の創刊者であるジョン・〝ホッピー〟・ホプキンス、他のメンバーには〈UFOクラブ〉を運営しピンクフロイドやUKフォーク勢を世に送り出したジョー・ボイド、ピンクフロイドのマネージャーとなるアンドリュー・キングとピーター・ジェナーなどの人物がいたが、その中にサードイヤーバンドに関連深いヴァイオリニストデイヴ・トムリンという男がいた。
66年頃にデイヴ・トムリンは後にサード・イヤー・バンドのリーダーとなるパーカッショニストのグレン・スウィーニーとGiant Sun Trolleyというデュオを組んでおり夜中のUFOクラブで観客を巻き込む自由奔放なセッションを繰り広げていた。グレン・スウィーニーは同時期に並行してHydrogen Jukeboxというバンドも組んでおり、この2つのバンドが混ざり合って68年にサード・イヤー・バンドが結成されたわけだ。
(サードイヤーバンドとロンドンアングラ)
カウンターカルチャー、ロンドンアングラサイケシーンの渦中からサードイヤーバンドが誕生したと考えればサードイヤーバンドがロックバンドと捉えられるのも納得であるし、室内楽的編成という型破りなスタイルも〝既存の形式にとらわれない〟というカウンターカルチャーの理念にぴったりだし、ロックにおける表現を大幅に拡張した《プログレッシブロック》の一員として迎えられたのにも頷ける。音楽性だけを切り取るとロックバンドと言い切るのはやはり難しいが、当時の時代の流れの中ではロックと捉えるに足る斬新で型破りなスタイルを取っていたというわけだ。証拠というわけではないが69年7月には図らずもブライアン・ジョーンズの追悼ライブとなってしまったローリング・ストーンズの〈ハイドパークフリーコンサート〉の前座として同年に衝撃的デビューを果たしたキング・クリムゾンと共に出演し、翌月69年8月には〈ワイト島音楽祭〉にディランやザ・バンド、ザ・フーに並んで出演している。
ライブラリー・ミュージック
とはいえロックバンドとしては考えられない面もやはりある。サードイヤーバンド結成後の最初のレコーディングはライブラリー・ミュージックのためのものであった。ライブラリーミュージックとはテレビ、ラジオ、映画、CM等放送業界が使用するための非市販用音楽の総称である。その名の通り図書館のように多数の音源を保管し、各メディアの用途に合わせて引っ張りだして使用するようなシステムだ。売れる売れないではなく〝売らない〟音楽である。商業音楽の一部であるロックとは無縁の業界と言えるだろう。サードイヤーバンドは68年にライブラリーレーベルStandard Music LibraryによってライブラリーミュージックをNational-Balkan Ensemble名義で録音。Wikipediaによると「サードイヤーバンドはこのライブラリーミュージックを前衛音楽家のロン・ギーシンのために録音した」とあるが調べてもその繋がりは不明確でよくわからない。ロン・ギーシンと言えばピンク・フロイド〝原子心母〟での仕事が有名だが、ロンドンアングラ界隈と何かしら関係があるのならサードイヤーバンドとも繋がっててもおかしくはないか…
いやしかしこのライブラリーミュージックってのは非市販用、非売品、つまりレアレコードでありこのライブラリーミュージックレコードを追い求める音楽マニアがいるそうな。ヨーロッパを中心に60年代から現在に至るまで多数の専門レーベルが無数のライブラリーミュージックを制作しており、メディアで使用されない限りそのほとんどが一般人が聞くことができないものなので、まだ見ぬ音楽が眠ってんじゃないかと追い求めるのだろうか。ちょっと僕にはまだ早い世界だ。
このNational-Balkan Ensemble名義での録音を聴いたことはないがほぼ翌年のデビュー作「Alchemy」と同じ方向性であるらしい。
69年1st「Alchemy(錬金術)」
EMI傘下の〈Harvest Records〉から69年にデビューアルバム「Alchemy」をリリース。プロデュースはピーター・ジェナー。ピーター・ジェナーはピンク・フロイドのマネージャーとして知られるが、プロデューサーとしてもシド・バレットやケヴィン・エアーズのソロ作品を手がけている。ピンクフロイドもソフトマシーンも〈Harvest〉で、取り巻きも同じ、サードイヤーバンドはその一団に含まれていると言えるだろう。
1st時のメンバーはグレン・スウィーニー(パーカッション)、ポール・ミンズ(オーボエ)、リチャード・コフ(ヴァイオリン)、メル・ディヴィス(チェロ)。創設メンバーであるデイヴ・トムリンはすで脱退しているが、アルバムラストの曲でコンポーザー兼ヴァイオリンで参加。ゲストとしてジョン・ピールが口琴で参加している。
良くも悪くもとにかくサードイヤーバンドを表すアルバム。インド音楽のドローンやインプロヴィゼーション(即興演奏)、古楽、ミニマルミュージック等実験音楽、ジャズ、サイケに黒魔術などを混ぜ合わせ室内楽編成で鳴らした非常に実験的で前衛的で混沌とした邪悪な音楽。ヴァイオリンのピッチも甘々で金切り声が鳴ったりで〝前衛的〟なのか〝ただの騒音〟なのか区別が付かない場面もしばしば。デイヴ・トムリンが作曲し参加したラスト〝Lark Rise〟が唯一フレーズっぽいフレーズがあるくらいで他は正にインプロヴィゼーション。それでも1.〝Mosaic〟や2.〝Ghetto Raga〟なんかには言い表せない何かがある気もするし無い気もする。これがアートかアートではないかはわからないが、個人的にはこの後2nd以降から少しずつ秩序が生まれ始めてアート作品と呼べるものとなっていくと思っている。すごいのかすごくないのかわからないが、これを絶賛する人はちょいと信用できないかも。
何にせよこのアルバムでティラノサウルスレックス等と同じくジョン・ピールによってラジオで宣伝され、カルトファンを獲得することに成功する。
70年2nd「Third Ear Band(天と地 火と水)」
個人的にはこれでサードイヤーバンドと出会ったので割と思い入れのあるアルバム。プロデュースはピーター・ジェナーの相棒アンドリュー・キング。アルバムタイトルは「無題」もしくはセルフタイトルで、アルバムのA面が1.〝Air〟,2.〝Earth〟、B面が1.〝Fire〟,2.〝Water〟の全4曲で構成されていることから「Elements」と呼ばれることもあり、邦題も「天と地 火と水」となった。
このアルバムからチェリストがユーソラ・スミスという女性に代わっている。この時期の映像を見たがカッコいいのよねこの人。ユーソラ・スミスは71年には脱退するが、少し調べてみるとその後C.O.B. (Clive's Original Band)の1stでチェロを弾いている。C.O.B. はインクレディブル・ストリング・バンドのオリジナルメンバーで1stのみで脱退したクライヴ・パルマーが70年頃に結成したフォークロックバンドで1stは割とお気に入りだったので驚き。
(インクレディブルストリングバンドもジョーボイド繋がりで同じ界隈と言える)
さて、この2ndも1stと同じくインド音楽などのインプロヴィゼーションを室内楽スタイルでやったものだが1stに比べると少し秩序がある。特に〝Water〟は楽曲としてしっかり成り立ってる印象。Air,Earth,Fire,Waterという各エレメントを即興演奏で表現するという発想もまさしくプログレッシブでプログレファンからも愛される一枚。個人的には睡眠BGMとして重宝している(いつもwaterまで辿り着かない)。〈ハイドパーク・フリー・フェスティバル〉、〈ワイト島音楽祭〉という大舞台を経て一皮剥けた感じでアングラだがオフィシャルな空気が出てきたというかなんというか。
70年「Abelard and Heloise(アベラールとエロイーズ)」
この後サントラを2作残してサード・イヤー・バンドは74年に解散する。まず1枚が70年「アベラールとエロイーズ」。中世フランス(11〜12世紀ごろ)の倫理学者ピエール・アベラールがエロイーズとのロマンス(なんか色々ややこしそうで面白そう)を綴った書簡を元に70年にアニメーション映画が製作され、そのサントラをサードイヤーバンドが担当した。このアルバムは聴けてなくてApple Musicに発見したのでまた聴こうとは思うが、2nd「Elements」と同時期でメンバーも変わらずのようなので同じ方向性だろうか。サードイヤーバンドはデビューした69年から解散する74年までに2枚のオリジナルアルバムと2枚のサントラを残したがその中では1番存在感の少ないアルバム。
「アベラールとエロイーズ」の存在感がない理由の一つは恐らくもう一作のサントラ72年「マクベス」が名盤として目立ち過ぎてることも関係しているだろう。
72年「Music from Macbeth(マクベス)」
シェイクスピアの4大悲劇の一つ『マクベス』を71年にロマン・ポランスキーが映画化したもののサントラをサードイヤーバンドが担当。ロマン・ポランスキーといえば妻で女優のシャロン・テート。この映画の撮影直前の69年にカウンターカルチャーが生んだカルト野郎チャールズ・マンソンによってシャロン・テートが殺害されている。その影響で暴力的な表現が多くなったとされるのがこの映画『マクベス』(ま、観てないんだけど)。
このサントラがサードイヤーバンド最高傑作として名高い。映画の舞台である中世(11世紀のスコットランド)の雰囲気を古楽や中世音楽の要素でたっぷり演出した名演。〝フィルムを観ながら即興で演奏した〟との情報もあるが、おそらくそれは嘘で少なからず譜面は存在するはず。1stの混沌としたインプロヴィゼーションとは違って秩序があり整理されている。が、持ち前の実験性と邪悪さは残されておりチェンバーでプログレッシブでアートな作品に仕上がっている。9.〝Fleance〟では当時12歳でこの映画に出演しているキース・チャグウィンがボーカルを取り、サードイヤーバンドに珍しい歌有りの曲もある。この曲が暗く美しいペンタングル的中世フォークで素晴らしい。映画でこの曲が流れるシーンだけYouTubeで観たことがあるが、サードイヤーバンド自身も演奏家として映画に出演している。
何より前作までとの違いはギターとシンセが導入されたこと。そこまで大きく目立つ変化ではないが、これによってチェンバーロック、プログレッシヴロックと呼ぶのに違和感がないサウンドになってはいる。前作までとメンバーは代わり、ギタリストとして新たにデニム・ブリッジスが加入、チェリストがポール・バックマスターに代わり、ヴァイオリンがサイモン・ハウスに代わった。
ポール・バックマスターはデヴィッド・ボウイの〝Space Oddity〟やケヴィンエアーズ1st「Joy of a Toy」、〝Your Song〟含むエルトン・ジョン作品や〝Without You〟含むニルソン作品に参加したロック界に欠かせないチェリストである。
サイモン・ハウスは元High Tide(ちょいとハード過ぎて苦手)のメンバーでこの後ホーク・ウィンドに加入するヴァイオリン&キーボーディスト。70年代末にはボウイのバンドにも参加しライブや79年「ロジャー」でボウイをサポートした。
こうしたやり手のメンバーを迎え入れたことでサードイヤーバンドは最高傑作を作り上げることに成功したわけだ。
その後
この後ポール・バックマスターやサイモン・ハウスは脱退し、グレン・スウィーニーはメンバーを補充しつつ活動を続けたが74年に解散。この解散間際に短期間であるがモット・ザ・フープルに加入する前のモーガン・フィッシャーが参加していたよう。
(モットやボウイらグラム勢と絡むメンバーが在籍してたのね)
その後再結成やメンバー変更を繰り返し90年代にはアルバムを数枚リリースしたようだが、その辺は追えてない。
終わり
【チェンバー】という言葉についての流れからサードイヤーバンドに触れてみました。混沌を求めるなら1st、プログレッシブさを求めるなら2nd、中世の暗さと美しさに触れたいなら名盤「マクベス」、って感じでしょうか。基本的にヴァイオリンとチェロとオーボエの奇妙な絡みが聴きどころであるが、パーカッションのグレン・スウィーニーがバンドリーダーであるという視点で彼らの即興演奏を聴いてみると面白いかも。
あと、YouTubeで〝Hyde Park〟って歌有りの曲の70年の映像(https://youtu.be/G5oUsNvtcOo)があって、とても良さげなんだけどこれはなんなんだろう。〝Hyde Park Raga〟という曲は1stのボーナストラック等で確認できたが〝Hyde Park〟は見つからないのよね。誰か教えていただけたら…ついでに教えて欲しいのがNirvana(UK)の〝Love is〟って曲で、これもyoutubeにPVのようなものがあって(https://youtu.be/LvRwrEg76Ds)素晴らしきソフトサイケアンセムなんだけどDiscogsでも発見できなくて長年謎なのよね。別のバンドの曲なのか、なんなのか…気になるが、今回はこの辺で!
では!
(地獄のプログレ図)