ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成(関連図挫折中)

10-6 埋もれた自己紹介フィルム『Love You till Tuesday』(第66話)

デヴィッド・ボウイ。前回は67年末にリンゼイ・ケンプの舞台『Pierrot in Turquoise』へ参加したところまで書いたのでその続きを。

10-6 埋もれた自己紹介フィルム『Love You till Tuesday』(第66話)

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前回はケンプとボウイが当時恋人関係であった、なんて話にも軽く触れたが、やはりバイセクシャルという特性はボウイを語る上で目立ちがちでミックジャガーイギーポップなどの様々な噂が飛び交う。しかし現実にはボウイはしっかりと女性と2度結婚していて、1度目の結婚は70年にメアリー・アンジェラ・バーネット(アンジー・ボウイ)とであり、71年には後に映画監督となるダンカン・ジョーンズ(ゾウイ)も授かっている。

話は変わるが何やら今ボウイの伝記映画が制作されてるらしく、来年公開なのかな?)その映画に対してダンカン・ジョーンズが否定的でボウイの楽曲を使用することを認めてないらしいのよね。ボウイの曲が流れないボウイの伝記映画って…『ボヘミアン・ラプソディ』に乗っかりたかったんだろうがまさかの遺族に拒否られるという。まぁ公開されるなら見てみようと思うけど、ちゃんとしたのをダンカン・ジョーンズが撮りゃいいんだ映画監督なんだから、撮れ撮れ!

アンジー・ボウイはストーンズ〝悲しみのアンジーのモデルだと言われている女性であるが、ミュージシャンのプライベートには興味がないほうであるので正直あまり知らない。アンジーは93年に『哀しみのアンジーという自伝(暴露本?)を出版していて、そこで80年に離婚するまでのボウイとの日々を赤裸々に語っているようなので暇があったら読んでみようかと思うんだけど、それを読むなら他に優先して読みたい暴露本いっぱいあるなーって感じで。パティ・ボイドのとか。

えーと、そう。そのアンジーと出会う前に交際していた女性の話から68年69年のボウイを!

 

ヘルミオーネ・ファージンゲール

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68年にボウイはヘルミオーネ・ファージンゲールという女性と出会いロンドンで同棲を始める。ヘルミオーネはダンサーでありケンプ繋がりで知り合い2人は恋に落ちた。

64年にKing Beesで初めてのシングルをリリースしてから67年のデラムからの1stアルバムまでボウイは数々のレコードをリリースしてきたが全く売れず、そんな中でリンゼイ・ケンプと出会い演技の世界に魅せられていく68年。そんなわけで68年はケンプの舞台『Pierrot in Turquoise』で演技を磨き、音源のリリースはなく、ミュージシャンとしての活動は諦め役者かダンサーに転身しても全くおかしくない状況であったがそうはならず。ここまで数々のバンドを結成してきては去ってきたボウイは懲りもせず68年の9月に恋人のヘルミオーネとトニー・ヒルという人物とでTurquoiseというグループを結成している。すぐにトニー・ヒルの代わりにジョン・ハッチンソンが加わりThe Feathersと名を改める。ジョン・ハッチンソンはボウイの66年のシングル〝Do Anything You Say〟〝I Dig Everything〟でバックをつとめたThe Buzzのメンバーであったよう。

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フェザーズは音楽はもちろんだがマイムや朗読まで披露するミックスメディアグループであったようで、演劇的な面と音楽を組み合わせたこの時期のボウイをまさに表した活動をしていた。しかし音楽面では1stで見せたシアトリカルな面は抑えフォーキーなスタイルに転じている。

このフェザーズでの姿が69年頭に撮影された『Love You till Tuesday』という28分のボウイの自己紹介フィルムに残っている。67年1stアルバムに収録されデラムからの最後のシングルとしてもリリースされた〝Love You till Tuesday(愛は火曜日まで)〟をタイトルにしたこのフィルムは長い間世に出ず保管され84年にようやく公開されることになるわけだが、この長らくお蔵入りしていたフィルムにはフェザーズ及び当時の恋人ヘルミオーネとの姿や半年後にリリースされボウイの初ヒット曲となる〝Space Oddity〟の初期バージョンのPV(こっちがオリジナルと言えるのか)など貴重な素材が詰まっているのだ。

 

自己紹介フィルム『Love You till Tuesday』

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内容はPV集のようなもので、1stアルバムから〝Rubber Band〟〝Sell Me a Coat〟〝Love You till Tuesday〟〝When I Live My Dream〟の4曲、67年末にデラムからの4枚目のシングルとしてレコーディングしたもののリリースできなかった〝Let Me Sleep Beside You〟、恐らくこのフェザーズ期に作った新曲〝When I'm Five〟〝Ching-a-ling〟、そしてできたてほやほやの〝Space Oddity〟の8曲にマイムパフォーマンス〝The Mask〟を加えた28分。

1stアルバムの曲が半数を占めているので67年の映像と勘違いしがちだが69年の1月〜2月に撮られたものである。ボウイの他にフェザーズのメンバーであるジョン・ハッチンソンと恋人のヘルミオーネが出演していて1stの曲も〝Sell Me a Coat〟なんかはフェザーズバージョンで再録されている。

このフィルムはマネージャーのケネス・ピットの発案で、この先ボウイを売り込むための宣伝材料として作るべきだとボウイに提案した。結果的にめちゃくちゃ金がかかった挙句お蔵入りし大失敗の案になってしまったわけだが、時を越えて84年に公開され今ではDVD化しこうして貴重な映像を見ることができる。本来の目的である〝まだ世に知られていないボウイを紹介すること〟は叶わなかったが世界的スターボウイの〝Space Oddity〟以前の姿やかつて組んでいたフェザーズとの貴重映像を世界中のファンに見せてあげれたのは結果オーライだろう。ありがとうケネス・ピット!

 

さて映像なんだが僕はDVD持ってなくて、YouTubeにも28分フルは見当たらなくて全ては見れてないんだけど、いくつか見つけたのでざっと。

やはりリンゼイ・ケンプとの出会いから全体的に芝居がかったパフォーマンスも見ることができるがほとんどが真っ白なスタジオで撮られており演劇的なのに背景がない世界観が独特で斬新。

まずボウイは69年の『ヴァージン・ソルジャーズ』という映画に兵士役で出演しており、役名もない端役であったようだが役作りのため髪を短く刈っていて、この69年1月から2月の『Love You till Tuesday』の撮影時は全てカツラを着用している。そんなこともあってかこのフィルムでのボウイはあまりイメージにない珍しい格好をしていて、特に〝Rubber Band〟でのハットと口髭はかなり貴重。

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ボウイって髭のイメージ全くないので斬新で、ってかジョージ・ハリソンにそっくり。

〝Space Oddity〟では丸メガネ姿を。

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いやーらしくない。このフィルムと同時に84年にリリースされたサントラのジャケットもこの丸メガネ。

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〝Love You Till Tuesday〟ではケンプ譲りの白塗り。

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〝Sell Me a Coat〟ではフェザーズでの姿が。

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恋人ヘルミオーネとの仲睦まじい〝When I Live My Dream〟

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未発表シングル〝Let Me Sleep Beside You〟は白スタジオで白ギターを弾きながら熱唱。67年11月にレコーディングされ未発表となったこの曲がトニー・ヴィスコンティが初めて関わった曲なんだってね。

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新曲〝When I'm Five〟は巨大キャンドルに囲まれて可愛い仕草やおどけた顔で〝5歳〟のボウイを熱演。この曲がフォークソングにストリングスを味付けしたシンプルな曲だけどいい曲なのよね。舌足らずな歌い回しも子供っぽさを演出していて。

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同じく新曲の〝Ching-a-ling〟は映像見つけれなかったんだけど、これまた童謡チックなフォークロックで名曲。ボウイ、ヘルミオーネ、ハッチンソンの3人で1番2番3番と歌い回すんだけどコーラスの部分がそれぞれ別のメロディを歌っていて、最終的に全部混ざっていく感じはメルヘンさと不気味さを同時に演出していてアシッドな雰囲気すらある。絶対ドノヴァンの影響下にある曲だと思うんだけどどうなんだろ。この曲はバージョンがたくさんあって、どれがこのフィルムで使われたバージョンかははっきり把握してないんだけどね。名曲。この〝チンガリン〟がボウイのフェザーズ期のハイライトだと思う。

最後に7月にシングルとしてリリースされる5ヶ月前に撮影録音された〝Space Oddity〟について。地球の《Ground control(管制塔)》と宇宙へ飛び立った《Major Tom(トム少佐)》との対話を一人二役で展開していく名曲であるが、この最初期のバージョンではリードボーカルをフェザーズのジョン・ハッチンソンとシェアしている。バックバンドも後の正規バージョンとは異なりトニー・ヴィスコンティリック・ウェイクマンはまだ不在であるが、アレンジはほぼほぼ完成していて編曲要らずなボウイの作曲範囲を垣間見ることができる。このバージョンにのみ残ってるボウイによるオカリナやエンディングの悲しみ漂うコーラスは残してもよかったんじゃないかってくらい。映像はGC(Ground control)と書かれたTシャツに丸メガネの管制塔サイドと胸にMajor Tomと書かれたキャッチャーのプロテクターのような宇宙服を着用しているトム少佐サイドのそれぞれの姿ににんまり。

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ま、こんなとこだろうか。マイムパフォーマンスであるらしい〝The Mask〟が見つかんないのよね。DVD買うしかないのか…

ヘルミオーネとの破局と《ベックナム・アーツ・ラボ》

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69年の春にヘルミオーネと別れ、同居していた部屋を飛び出したボウイはロンドン南東の街ベックナムに移り住む。ボウイはそのベックナムで《アーツ・ラボ》と呼ばれる音楽やライトショー、朗読、演劇、ダンスなど芸術の世界で生きる若者の集会に参加する(主催??)。この《アーツ・ラボ》はボウイがフェザーズで行っていた活動の延長線上にあると言えるが明らかにアンディ・ウォーホルの《ファクトリー》の影響下にある活動だろう。

2ndアルバムでメロトロンを弾くことになるリック・ウェイクマンもこの《アーツ・ラボ》に参加していたようで、このベックナムでボウイは新たな曲と新たな音楽仲間を身につけて7月にヒットシングル〝Space Oddity〟を、11月に2ndアルバムDavid Bowie(Space Oddity)」をリリースするわけだ。

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ところでヘルミオーネと別れる直前69年4月にレコーディングされたとされるフェザーズでのアコースティックセッション、通称「ベックナムテープ」と呼ばれるものが残されていて。ヘルミオーネと別れてベックナムに移り住んだって流れだと思うんだけど、このフェザーズでの最後の録音が「ベックナムテープ」ってのが合点がいかないのよね…まだ調べないと詳しい事情はわからないんだけど、とにかくこの「ベックナムテープ」がめちゃくちゃよくて。

『Love You Till Tuesday』に収録された〝When I'm Five〟〝Ching-a-ling〟に加えて〝Space Oddity〟を筆頭に2ndアルバムに収録される曲のアコースティックバージョンが多数残されていて、無装飾のデモを聴くとこの当時ボウイはかなりフォーク寄りだったことがわかるし、2ndアルバムは紛れもなく《フォークロックアルバム》であることが見えてくる。未発表曲も素晴らしくて、発掘音源の中でもクオリティ高い。

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(ベックナムテープ)

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以上!

68年ヘルミオーネとジョンハッチンソンとのフェザーズ→69年頭の自己紹介フィルム『Love you till Tuesday』の撮影→ヘルミオーネとの別れ→ベックナムでの《アーツ・ラボ》

今回はこんな流れでした。

『Love you till Tuesday』の映像はほんとにボウイの珍しい姿が面白くて、いくつかYouTubeにあるので是非!

フェザーズの〝Ching-a-ling〟は名曲!

フェザーズの秘蔵アコースティックセッション「ベックナムテープ」は2nd好きなら必聴!

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次回こそやっと〝Space Oddity〟

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