KLAATU
カナダのプログレッシブロックバンドKLAATU(クラトゥ)。70年代半ばから80年代頭にかけて活躍し、ビートルズの『サージェント・ペパーズ〜』や『マジカルミステリーツアー』辺りを飛躍させたサウンドを展開したことから〈ビートルズメンバーの覆面バンド〉と噂されたことで有名なバンドだ。
特に76年1stアルバム『3:47 EST』はビートルズ的サイケデリック/アーリープログレな空気感だけでなく、ビーチボーイズのハーモニーやポール・マッカートニーソロのパワーポップ、キング・クリムゾンのメロトロンなど様々な影響を昇華した素晴らしいアルバムとしてプログレファンやビートルズファンから愛されている。シングルとしてもリリースされたアルバム1曲目〝Calling Occupants of Interplanetary Craft〟は77年にカーペンターズがカバーしヒットしたことでも知られる名スペースオペラだ。
続く77年2nd『Hope』ではロンドン交響楽団を従え、ELOばりのロックとオーケストラの融合を成功させている。
彼らが〈ビートルズメンバーの覆面バンド〉と噂されたのはデビューからしばらくメンバーの素性を隠していたことと、ライブを行わないスタジオバンドであったことが大きい。実態は3人のカナダ人スタジオミュージシャンであり80年の4thアルバムをリリースした頃には世間にもその正体は明らかになった。
なんにせよこの噂によってクラトゥは大ヒットとはいかないまでも多少売れたわけであるが、その噂の成り立ちや内容についてはあまり日本語記事では語られていなかったりする。し、一過性の噂のようなものをそこまで深く掘り下げようとも思わなかった。しかし僕が持ってる輸入盤CDのライナーノーツをなんとなく翻訳しながら読んでみると、非常に興味深い内容だったので少し。
ビートルズ覆面バンドだという噂
僕が持ってるのは2000年にイギリスのBGOレコードから再発された76年1stと77年2ndのお得な2in1盤。そのライナーノーツに当時ビートルズ覆面バンドと噂された内容について書かれている。
このライナーノーツを書いたのはジョン・トブラーという人物で、英ロック誌『ZigZag』の創刊者の1人であるようだ。このライナーノーツとネットで調べた噂の発生源についての記事を組み合わせると、非常に面白い内容だった。
噂の発端
発端は76年アメリカ、ロードアイランド州、プロビデンスの新聞に「クラトゥはビートルズである可能性が高い」という記事が掲載されたことらしい。記事を書いたのはジャーナリストのスティーブ・スミスという人物。
これを発端に「クラトゥはビートルズなのか?」という議論がラジオなどでも行われ、アメリカ全土に話題が広まったころには噂の内容は出来上がっていた。これはアメリカでの配給会社であったキャピトルレコードが議論を察知し、便乗して噂を供給したことが大きいようだ。
この時点でわかっていたのはカナダからリリースされていることくらいで、キャピトルレコードもクラトゥの正体を知らなかったってんだから驚き。キャピトルの人間も「もしかして本当にビートルズ?」と思っていたということだ。まぁキャピトルにしてみたら本当か嘘かは二の次で、どちらにせよ噂を流せば売り上げに繋がる状況だったわけで。
噂の内容
そうして広まった噂はこんなものだった。
- ビートルズは1966年半ばに『リボルバー』に続くアルバムをレコーディングしたが、そのマスターテープは闇に葬られた。
- それはポールマッカートニーが死んでしまったから。
- ビリー・シアーズをポールの影武者に立ててビートルズは続行。ビートルズはツアーをやめ、『Sgt.Pepper〜』を作り上げた。
- 1975年、ビートルズのストーリープロジェクト「The Long And Winding Road」(最終的には1995年のビートルズアンソロジー)の調査中に行方不明のマスターが発見され、バンドは故ポールマッカートニーへのオマージュとしてアルバムをリリースすることを決定。
- アルバムが「ビートルズの誇大宣伝」ではなく、音楽を素直に聴いてもらえるように、クレジットも写真も無いアルバム『3:47 EST』をKLAATUという名義でリリースした。
といったようにポール死亡説を絡めた内容になっている。
ポール死亡説
ポール死亡説は69年に流行った「66年にポールは自動車事故で死んでおり以降はそっくりさんが成り代わっている」という都市伝説だ。証拠として挙げられるのが様々なビートルズ楽曲を逆再生すると浮かび上がるメッセージだったり『アビーロード』のジャケットでポールだけ裸足なことだったり。とんでも都市伝説なんだけど案外面白い根拠が多くて、今でもビートルズファンの間では話題に上がったりする。それを75年に引っ張り出してクラトゥと絡めたわけだ。
ビリー・シアーズ
ポール死亡説の一部では死んだポールの代わりにビートルズに加入したのはビリー・シアーズというそっくりさんであるとされている。説が正しいとするなら、67年『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』以降のビートルズ、70年代のポールマッカートニー名義でのソロ活動、ウィングスも全てビリー・シアーズが行ってきたというわけだ。
ビリー・シアーズとは元々『サージェント〜』の中に登場する架空の人物だ。『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』はビートルズがSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band(ペパー軍曹のロンリーハーツクラブバンド)という架空のバンドに扮して演奏する、というコンセプトに基づいて作られたもの。アルバムは1曲目〝Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band〟が終わると司会が「ビリー・シアーズ」を紹介し、2曲目〝With a Little Help from My Friends〟へと進んでいく。〝With a Little Help from My Friends〟を歌っているのはリンゴ・スターなので、アルバム内ではリンゴがビリー・シアーズ役を演じている形になっている。
ポール死亡説によるとこれはビリーシアーズ役のリンゴを紹介してるわけではなく、ポールの代わりに入った実在するビリー・シアーズを暗に紹介している、とされているわけだ。
『3:47 EST』は66年にお蔵入りになったビートルズの音源
66年にビートルズは『リボルバー』をリリースした後、もう一枚アルバムをレコーディングした。しかしポールが死んで、マスターテープも行方不明になってしまった。で、67年にビリー・シアーズを代わりに立てて『サージェント〜』を作った。で、75年にマスターテープが発見され76年にKLAATU名義で『3:47 EST』としてリリースした、というのがこの噂の本筋だ。
つまりは『3:47 EST』は66年の音源だというわけだ。もし本当にそうなら驚くべきことだ。66年にこれほど大胆にメロトロンやシンセを使って、パワーポップと呼べる楽曲を演奏してるんだから。
少しロックに詳しい人なら確実に66年の音源ではないことはすぐにわかるだろう。スネアの音一つ取ってみても66年の音では決してない。それでも当時多くの人が噂に惑わされたのにはそれなりのこじつけが多数寄せられていたこともあるみたい。
こじつけ
KLAATUとリンゴ・スター
まずKLAATU(クラトゥ)というバンド名は1951年のSF映画『地球の静止する日』の主人公であるエイリアン〈クラトゥ〉の名前から取られている。この映画は2008年にキアヌ・リーブス主演(クラトゥ役)でリメイクされたことでも知られるSF映画だ。観たことはないが、敵対者としてではない友好的エイリアンを描いた先駆けとしてSF界では重要な作品らしい。『3:47 EST』というアルバム名も映画内で〈クラトゥ〉の宇宙船が着陸した座標だとかいう話だったような。〝Calling Occupants〜〟は1953年に地球人が初めて宇宙人に向けて送ったテレパシーメッセージ(ワールド・コンタクト・デイ)を元に書かれた曲であり、KLAATUはかなり宇宙的コンセプトを持ったバンドとして始まっている。
76年、そんなKLAATUがビートルズなんじゃないかと噂が広がると、リンゴ・スター74年『Goodnight Vienna 』のジャケットに注目が集まった。
このジャケットは『地球の静止する日』のパロディになっている。左の巨人は〈クラトゥ〉の従者ロボットの〈ゴート〉であり、リンゴは〈クラトゥ〉の役を演じている。後にあるのは宇宙船で、〈クラトゥ〉と〈ゴート〉が地球に降り立ったシーンを再現しているのだ。
KLAATUは73年に結成されており、この一致は本当に偶然だったようなのだが、噂を裏付ける根拠として語られることとなった。
KLAATUとジョン・レノン
70年代に入りベトナム戦争反対運動のカリスマとして愛と平和を訴えていたジョン・レノンはアメリカ政府から要注意人物としてマークされる存在へとなっていった。そしていわゆる《失われた週末》の74年、アメリカ政府はジョンに2度目の国外追放命令を出す。そんな状況でアメリカに居づらくなったジョンはカナダへの移住を考えている、という噂が流れたようで、これもKLAATUがビートルズである根拠の一つとして挙げられた。
実際のその後のジョンは75年に命令は取り下げられ、76年には念願の永住権を手に入れている。
あと74年にジョンとメイ・パンがUFOを目撃したという話があったり。
KLAATUとポール・マッカートニー
ウィングス75年『Venus and Mars』。「土星と火星」というタイトルのこのアルバムが、表ジャケに太陽、裏ジャケに謎の星が描かれた『3:47 EST』と「2つの星」という繋がりで中々強引に関連付けられた。
さらにウィングス73年『Red Rose Speedway』と『3:47 EST』に収録されシングルとしてもリリースされた〝Sub-Rosa Subway〟も関連付けられた。これに関しては確かにめちゃくちゃポールっぽい楽曲なのでKLAATU側のリスペクトである可能性はある。
その他
他にも〝Calling Occupants〜〟の冒頭にカブト虫の鳴き声のようなものが聴こえるだとか、アメリカでの供給会社が共にキャピトルレコードであることとか、太陽をシンボルとしてるKLAATUとビートルズの〝Sun King〟がどうだとか、アビーロードのイニシャルはARで逆にするとRA(太陽神)になるだとか、めちゃくちゃなこじつけものも多数あったよう。笑
オフィシャルサイトによると
僕が手にしているジョン・トブラーによるライナーノーツにはそれらの噂が「オフィシャルサイトによる」ものだと記されてある。丁寧にそのURL(www.klaatu.org)まで書いてあったのでサイトを見てみたが英語ばかりでその件を探すのは断念。ただメンバーのインタビューやらキャピトルの宣伝資料やら、より詳しいことが色々載っているので英語が得意な方は是非。
さて、実際のKLAATUは76年、2ndアルバム『Hope』のレコーディングをしてる最中に巷で噂が広まっていることを知ったそうな。ジャーナリストが噂の種を作りキャピトルが完成させて広まった噂にKLAATU自体は全く関与していないみたいで。ビートルズの影響はもちろん受けてるだろうが、他の60'sの影響も同じくらい受けているだろうし、73年に結成してるからリンゴとの『地球の静止する日』被りも全く偶然で。あんまり言われるもんだから後にインタビューで「ビートルズ影響」すら否定するくらいで。
しかし少なくとも2000年以降から存在するオフィシャルサイトにその噂が載せられていることは個人的に非常に興味深い。これは後付けではあるにせよその噂を『3:47 EST』のコンセプトに公式にしたということだ。「ビートルズが66年リボルバーの後にもう一枚レコーディングした架空のアルバム」というコンセプトに。この記事で1番言いたいのは実はここ。
「バンドが架空のバンドを演じてもよい」というコンセプトはビートルズが67年『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』で提示したコンセプトだ。それはある種革新的な発想であり、この発想がデヴィッド・ボウイが火星からきたバンドに扮した72年『ジギー・スターダスト』をはじめとしたいくつもの名作を産んだとも言えるだろう。
そして「ビートルズが66年リボルバーの後にもう一枚レコーディングした架空のアルバム」というコンセプトはさらにもう一つ踏み込んだコンセプトだ。架空のバンドを作り上げるのではなく、実在するバンドの架空のアルバムを作るというコンセプト。これはなかなか斬新で、面白い。例えば幻のXYZ(イエスツェッペリン)のアルバムを誰かが作ったっていいわけだ。アーサーリーとジミヘンのアルバムを作ってもいいし、ダーティー・マックの秘蔵アルバムを作ってもいいし、もっとフィクションな組み合わせのバンドだっていいわけだ。それらはもちろんフェイクだが、コンセプトとしては『サージェント〜』が提示したものに準ずるものであるだろう。覆面バンドでそういった作品を作ることが一つのムーブメントとして成り立ってもおかしくないじゃないか。情報社会の今では難しいか…でも情報社会だからこそ噂が縦横無尽に飛び回ったりもするだろう。ん…ま、「同人」ってやつになるのか。これはもちろん説得力のある音源クオリティを前提とした話。
まぁまぁクラトゥは噂が先で後付けだったんだけれど、結果的に正に『サージェント〜』リスペクト、ビートルズリスペクトな着地となったんじゃないか、というお話でした。
終わり!
そんなKLAATUの物語でした!実は3rd以降聴いてないから偉そうに語れるほどではないんだけど…
とにかく1stは素晴らしい出来!2ndはELO好きなら!
ちなみに、というか最近知ったんだけど「lonely heart」って英語には「交際(結婚)相手を求める独身者」って意味があるらしくて、「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」って「ペパー軍曹の恋人募集バンド」って意味になるのね。なんとなくもっと深い孤独心を抱えるペパー軍曹の魂の叫び、的に捉えてたんだけど、ちょいと聴き方変わりそうです…笑
では!