ケンジロニウスの再生

ロック史を追いながら関連図を作成(関連図挫折中)

4-10 Simon Finn(サイモン・フィン)〜もう1人の狂人〜(第76話)

アシッド・フォーク

【Acid】は【酸】の意であるがLSDの隠語でもあり、《アシッド・フォーク》とはLSD影響下のフォーク(スタイル)ミュージックである。【psychedelic】はLSD体験のことを表すので、《アシッドフォーク》と《サイケデリックフォーク》はほぼ完全に同意義と言って大丈夫だろう。

サイケデリックロック》のアコースティックバージョンと言えるので当然60年代後半のサイケデリックムーブメントの中に発生するが、ただただサイケをアコギでやったというには収まらない魅力がある。

イギリスの例で言うと、カラフルなサイケロックに対してIncredible String BandComus,Tyrannosaurus RexTea&Symphonyらアシッドフォーク勢はどこか呪術的な雰囲気を持っている。これはアコギ主体であることに加えてパーカッションの使い方ややはりトラッドや古楽からの影響も関係しているのだろう。

上記バンドの他にSSW系のアシッドフォーク歌手にはまた違った趣きがある。サイケデリック現象を音化したものを表現するためにスタジオで様々な趣向を凝らしたサイケロックとは違って、『存在そのものがサイケというしかないほぼ無装飾のヘロヘロ狂人スタイルのSSW。シド・バレット(特に70年「帽子は笑う不気味に」のB面)がこの典型だろう。米でもスキップ・スペンスメイヨ・トンプソンなんかがこれに当たるだろうか。

帽子が笑う・・・不気味に (紙ジャケット仕様)

帽子が笑う・・・不気味に (紙ジャケット仕様)

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69年にはサイケブームは終わるが、わりかしアシッドフォークは70年代以降も残ってる印象で、これには『ブームもクソも狂人が曲を作ればこうなった』的なところがあるような気がする。加えて「人間誰しもが内面に抱える狂気」ピンクフロイドが歌ったように狂人の歌というのは時代に左右されない普遍性を持ったものなのかもしれない。サイケデリックブームは『イカれ具合』や『奇妙さ』や『絶頂感』だったりを表現するために試行錯誤し、多数の素晴らしき芸術作品を産んだが、アシッドフォークは『イカれ具合』というより『イカれ』そのもの。アコースティック主体と聞くとサイケロックよりもソフトな印象を受ける人もいるかも知れないが、実際はよりディープなジャンルであると言えるだろう。

 

サイケロックファンは漏れ無くアシッドフォークも好きだ。多分間違いなく。もちろん僕もそうで、特にアシッドフォークのアイドルとして崇めているのがやっぱりベタにシド・バレットなんだけど、そのシドバレットと肩を並べる狂人として語られるのがサイモン・フィンという男である。

Simon Finn(サイモン・フィン)

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僕がアシッドフォークの世界に足を踏み入れるキッカケとなったのはシド・バレットのソロ作であり、恐らくシドの次に手にしたアシッドフォークがこのサイモン・フィンの70年「Pass the Distance」だったと思う。「シドに並ぶアシッドフォーク!」という紹介に飛び付く形で。僕のロック探索の旅のかなり序盤に出会ったとは思うが再発掘されCD化したのが2005年であるようなのでそれ以降なのは間違いない。

多分彼を愛するみなさんと同じように僕は5曲目エルサレムでの狂人っぷりに圧倒されてシドと並ぶ、いやシド以上の狂人として認識するようになった。ただ僕の買ったCDというのが非公式リリース盤だったようでジャケットも裏真っ白のペラ紙1枚で、歌詞もクレジットもサイモン・フィンの写真も全くない質素なもので、情報は何もない。

わりとお気に入りのアルバムではあったんだけど、サイモンフィンの素性や発掘経緯なんかは長年全く調べてなくて、知ってることはイギリス人で70年にアルバムを1枚リリースして姿を消した、ということくらい。

 

今回やっとサイモン・フィンについて調べるきっかけになったのはYouTubeで2012年のライブ映像を発見したからで、なんと2005年の「Pass the Distance」のCD化と共に自身も35年ごしに音楽活動を再開させ、以降何枚かのアルバムもリリースしていたよう。サイモン・フィンもヴァシュティ・バニヤンなんかと同じく再発掘→活動再開の流れを踏んでいたのだ!知らなかった…なんなら2011年には来日して吉祥寺と東高円寺のライブハウスに出演していたみたい…チクショウ!!

そんな悔しい思いを抱えながら英アシッドフォークのもう一人の狂人サイモン・フィンを!

「Pass the Distance」

パス・ザ・ディスタンス Pass The Distance

パス・ザ・ディスタンス Pass The Distance

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51年イングランドのゴダルミングに生まれたサイモン・フィンは67年にロンドンへ移る。初ステージはアル・スチュアートオープニングアクトであったよう。

70年に「Pass the Distance」をリリース。

基本的にサイモンフィンのアコギと歌主体であるが、バックにアコーディオンやバイオリンやパーカッションが散りばめられておりデヴィッド・トゥープポール・バーウェルという人物がレコーディングを手伝ったよう。

ギター、ベース、マンドリン、フルート、バイオリン、アコーディオン、ピアノ、ハーモニウムと様々な楽器を奇妙に操っているデヴィッド・トゥープという男はアンビエント界の重要人物となる実験音楽家で音楽評論家でもあるよう。この界隈に全く知識がなくて恥ずかしながら彼については知らないが、同じくアンビエント界の巨匠ブライアン・イーノとも関わりがあったようで75年に「オブスキュア・シリーズ」にも参加している。

ポール・バーウェルは即興音楽や実験音楽界隈のパーカッショニストで、70年代を通じてトゥープとデュエットを組んでいたよう。

そんな2人がまだ若き70年ごろにロンドンのかの有名なライブハウス〈ラウンドハウス〉でバイトしていて、サイモンフィンは〈ラウンドハウス〉によく出演していたようで、そんなことで「Pass the Distance」を手伝ったみたい。割と知名度得る人物が関わっていたのならもっと早く再発掘できなかったものか、と思うがそれは置いといて。

なるほど、そう聴くと確かに実験音楽環境音楽的な要素も感じる。1.〝Very Close Friend〟の冒頭なんて正に。2.〝The Courtyard〟4.〝Fades(Pass The Distance〟8〝Hiawatha〟辺りに感じる東洋的な雰囲気もデヴィッド・トゥープによるところが大きいのだろうか。

やはり全体的にヘロヘロでフラフラなサイモンフィンのギターと歌が最大の魅力になるのだろうが、シド・バレットと同じく素晴らしいリズムセンスとメロディセンス、ポップセンスを持っている。3.〝What a Day〟7.〝Laughing'Till Tomorrow〟あたりはヘロヘロながら美しく優しいフォークを奏でている。

やはりどうしても目立つのが5.〝Jerusalem〟。イエスキリストと聖地エルサレムについて7分弱歌い上げる代表曲。オルタナティブな雰囲気を持つアップテンポな曲であるが後半になるほど狂人度が増していき最後の方は完全にキ○ガイ化してしまう。友達なんかと一緒にこの曲を聴いてりゃ笑い転げてしまうんだけど、1人で夜中聴いてると感動に震え泣きそうにすらなるんだよな。鳥肌立つ。この曲でシドバレットを超える狂人っぷりがうかがえるわけだが、シドの場合は彼がどれだけ〝あちら側〟に行ってしまったか当時を語る証人が多いが、サイモンフィンは正直どこまでがガチなのかは不明。にしても衝撃的な曲だ。

アルバム中最もハイな曲である〝Jerusalem〟でA面が終わりB面最初の6.〝Where's Your Master Gone〟がまた気の抜けたヘロヘロソングでその緩急が気持ちいい。好き。

9.〝Patrice〟なんかは完全に《木漏れ日フォーク》と呼べる曲で、一瞬だけ悪夢から覚めたような安らぎに満ちた曲。が、ラスト10.Big White Car〟ではまたドラッグの世界へ戻っていく。このラストソングにはどことなくTwink「Think Pink」を感じる。「Think Pink」も70年か、「Think Pink」「帽子は笑う、不気味に」「Pass The Distance」、アシッドフォークの名作多いな70年。

 

ジャケット

Discogsによるとアートワークはデヴィッド・トゥープが手掛けたとあるが、この2人の子供が道を歩いていく絵は子供靴メーカー〈START RITE〉の広告のパロディであるよう。

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(Pass The Distance)

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(子供靴Start riteの広告)

イギリス人ならばDNAレベルでノルタルジーを感じるほど昔から親しまれている広告であるようだ。子供靴とPass The Distance、意味合い的にも確かに一致するか。

面白いのが裏ジャケで、2人の子供を前方から見た絵が書かれている。

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(Pass The Distance裏ジャケ)

ひゃーサイケサイケ。

これが僕の持つ非公式CDでは白黒なのよ。

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こういう仕掛けのあるジャケットはやっぱりLPで欲しい!オリジナルは洒落ならん値段ついてるだろうが、再発LPなら買えるか…

歴史ある子供靴メーカーをパロっといて超アシッドな内容とこの裏ジャケだからもちろんクレームが来たようで、アルバムは廃盤となる。もちろんクレームだけが原因ではないだろうけどね。

復活

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70年に「Pass The Distance」をリリースし失敗した後、サイモンフィンは音楽業界から離れカナダへ移り住む。そこで35年ほど有機農業や空手を教えたりして生活していたよう。

極々少数のマニアの間ではアシッドフォークの問題作として語り継がれてはいたようだが、復活の手助けをしたのはCurrent93のデヴィッド・チベットである。名前はよく聞くがほとんど知らないがCurrent93は82年に結成した実験音楽グループであるようでこれまた実験音楽界隈によってサポートを受けた形に。

Horsey -Coloured- [Analog]

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2004年にデヴィッド・チベットのレーベルから「Pass The Distance」が再発。

2005年に音楽活動を再開してからはモントリオールとロンドンを行き来し、アルバム製作やライブ活動をコンスタントに行っている。ライブはCurrent93やブラーのグレアム・コクソンのライブに出演したりしたよう。そういやグレアム・コクソンはアシッドフォーク好きでシドバレットのドキュメンタリーにも出演してたな。

アルバムは2005年2nd「Magic Moments」、2007年3rd「Accidental Life」、2009年4th「Rats Laugh Mice Sing」、2011年5th「Through Stones」とリリース。この内今のところちゃんと聴いたのは2005年復活直後の「Magic Moments」。

マジック・モーメンツ Magic Moments

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サイケファンからそのイカれっぷりを求められる中、35年ぶりの新作はかなりのプレッシャーだったんじゃないかと推測できる。アシッドな面が消えててもがっかり、寄せて作った狂人やられても興醒め、こりゃ難しいぞ!なんて思いながら35年ぶりの2ndからさらに15年経ったこの2020年に聴いてみた。めちゃくちゃ良かった。素晴らしきアシッドフォーク。サイモンフィンのアコギと歌にCurrent93のジョーリー・ウッドによるフルートやリコーダーやバイオリン、「Pass The Distance」に通ずるアレンジ。35年のブランクを感じさせないヘロヘロ感と相変わらず独特なメロディセンス。代表曲エルサレムのようなプッツンソングはないのが全く媚びてなくてまたよかった。

結局70年「Pass The Distance」は狂人の音楽だったのか実験音楽の一環だったのかわからないが、2005年「Magic Moments」でも同じ空気を纏ってるところを見ると『サイケというのはLSDが産んだ音楽ではなくLSDによって浮き彫りになった魂が産んだ音楽だ』という僕の持論がしっくりくる。バンドという理性を省いたSSWアシッドフォークはむき出しの魂そのものだ。性悪説を信じてる(最近)僕は善へ向かおうとする理性を省いた人の魂というのは狂気や怠惰の塊だと思っている。調律の合わないヘロヘロの美だ。サイモンフィンが70年に、2005年にどれくらいドラッグを服用していたかなんてことは実は重要ではなくて、70年でも2005年でも彼は魂の音楽を鳴らせているということが重要であると思った2020年夏。

あい。嬉しいのはやはりライブ映像が見れたこと。歴史に埋もれた素晴らしいミュージシャンのほとんどはライブ映像が残ってないが、時を超えて復活しライブ活動を行ってくれてるのは嬉しい。小規模なライブハウスでエルサレムを歌ってるいくつかのYouTube動画だけでも興奮ものだが、2012年にスペインのコンサートホールでCurrent93のサポートを受けながら行った1時間強あるライブ映像は感動。DVD化してそうな映像だったけどどうなんだろうか。僕なんかはもちろん再発以降に再発のおかげで彼を知った人間だが、空白の35年間にサイモンフィンのレコードを追いかけていたマニアからしたらこのライブ映像は失禁ものだろう。

 

悔しいのは2011年に来日し、東京のライブハウスで2公演していたのを知らなかったこと。僕の愛する年代のミュージシャンももうみんな歳も歳であるのでこういうのを取りこぼさぬよう生きていきたいもんだが、情報ってのはほんとに僕を擦り抜けていくもんで。

 

こんなところでしょうか。まだ3枚未聴のオリジナルアルバムが残ってるので、じっくり彼の魂に触れてみよと思います。

図は…ちょいとまたブリティッシュサイケ周辺も整理してから加えていきます(サボり気味)!

では!

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(雑ブリティッシュサイケ図)

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