4-13 Mark Fry〜不思議の国のマーク・フライ〜(第89話)
Googleの(スマホの?)学習機能ってのは怖い。とにかく機械音痴であるのでよくわかってないが、検索履歴やGoogleアカウントで紐付けているサイトやアプリ(例えばAmazon)の履歴から欲している情報や商品を予測して広告提供してくる。僕の場合はとにかく普段音楽ばかりを調べているのでその方面で学習しすぎたのかこの間ヤマハのSRV(バイク)について調べようと【SRV】とGoogle検索で打ち込んだらスティーヴィ・レイ・ヴォーンばかりがヒットする始末。
まぁ僕はこの学習機能については別に有っても無くてもどちらでもいいが、どうせ有るならもうちょい頑張ってほしいなぁとは思う。僕の欲しがってる情報をもっと予測して寄越してくれよと。トゥインクの最近の活動、サイモン・フィンの復活に続いてまた取りこぼしていた。マーク・フライの復活を。
4-13 Mark Fry〜不思議の国のマーク・フライ〜(第89話)
Mark Fry(マーク・フライ)はUKサイケ/アシッドフォーク好きに愛される名盤「Dreaming With Alice」を72年に1枚残し音楽業界から姿を消した。その素晴らしきレコードはイタリアのレーベルからリリースされたという経緯もあり当時は話題にならず長年激レアレコードとして語り継がれ馬鹿みたいな値が付いている。72年に一瞬姿を現し消えたマーク・フライであるが本職は画家であり、絵の修行のためにイタリアに渡った先で彼の音楽が評価されアルバムのリリースに至った。72年当時19歳、アルバムをリリースすると音楽業界から姿を消し本道である画家の道を進んだ。その後画家として大きく成功したわけでもなく(多分)、長年その存在は謎に包まれていた。
ってくらいが僕にとってのマーク・フライ。72年「Dreaming With Alice」は時代的には少し出遅れた感はあるがドリーミーでメルヘンチックで超酩酊感のある素晴らしきアシッドフォークでもちろん僕も再発CDを入手し好んで聴いていたが、録音メンバーもよくわからずその後のこともよくわからずといった感じで僕の中でのマーク・フライは〈イタリアから1枚アルバムをリリースした謎のイギリスの画家〉として完結していたのだ。
それがつい最近、2020年の年末にマークフライの復活を知った。きっかけはApple Music。ふと「マークフライってApple Musicにあるんかね」と検索してみたところ発見し、アーティストページを開くとなんと「Dreaming With Alice」の他に数枚のアルバムがあるじゃないの。2008年に36年ぶりに2ndアルバムをリリースしその後2011年に3rd,2014年に4thアルバムをリリース。2013年には東京でライブを行い、その模様を「Live In Japan 2013」というライブアルバムとして2014年にリリース。詳細不明だが2020年リリースとされる2曲のシングルと1枚のEPもAppleMusic上に発見。知らなかった!何も知らなかった!
てなわけでそんな自らの無知に恥を感じながらもマーク・フライについて書こうかと!
プロフィール
イングランドエセックス州のエッピングに1952年に生まれる。フライ家は※クエーカー教徒(フレンズ、キリスト友会)の一族であり、祖先は※〈J. S. Fry & Sons〉というイギリスのチョコレートメーカーの創始者であるよう。マークの父アンソニー・フライは画家であり、従兄弟のロジャー・フライも画家で※ブルームズベリー・グループのメンバー。そんな影響下でマークも画家を志す。
ちょいとこの辺のことを調べてみたら面白かったので補足のようなものを↓↓
※クエーカー教徒(フレンズ、キリスト友会)
17世紀に誕生したキリスト教プロテスタントの一派であるクエーカー。名前くらいしか聞いたことなかったが、聖書を信じるが教会を持たないキリスト教の一派であるよう。信徒は60万人ほどでキリスト教全般からみるとかなり小規模な宗教団体。教会を持たないことからイングランド国教会から激しい弾圧や差別を受けたようだが、イギリスの4大銀行の内2つの創始者がクエーカー教徒だったり何やら偉人が多いよう。平等主義で奴隷解放運動や女性の権利を訴えたりしたのも世界的にかなり早く、戦時中の日系人に唯一手を差し伸べたアメリカ人がクエーカー教徒だという話や天皇陛下の家庭教師だった2人のアメリカ人女性もクエーカー教徒だったという話も。とにかく欲を持たず奉仕精神に満ち溢れており、戦後の日本やドイツ、戦火のベトナム、現在では北朝鮮にまで食糧支援を行なっているらしい。めちゃくちゃ善人やんクエーカー。去年天草と長崎を訪れてからキリスト教に興味津々であるのでクエーカーも含めて少し勉強してみようと思ってます。
※J. S. Fry & Sons(チョコレート会社)
18世紀にジョセフ・フライが開業したイギリスのチョコレートメーカーのようだが調べてみると固形チョコレートの発明者でもあるとかなんとか。すごすぎ。何やらチョコレートの歴史にはクエーカーが深く関わってるなんて話も。詳しい記事があったのでリンク貼っときます↓↓
https://chocomemo.info/html/birth.html
マーク・フライはそんな偉大なチョコ社長の子孫であるのでかなりのボンボンである可能性が高い。
1905年から第二次世界大戦期まで活動したイギリスの芸術家や学者で構成されたグループ。全く知らないが作家のヴァージニア・ウルフや経済学者のジョン・メイナード・ケインズなどの著名人がメンバーであったらしい。1910年にメンバーの数人がエチオピア皇帝一行に成りすましイギリス海軍と戦艦ドレッドノートを操った〈偽エチオピア皇帝事件〉という大悪戯を決行している。アートなのかなんなのか罪には問われなかったようだが派手なアート集団だ。そんな平和主義でリベラルな姿勢を貫いたグループであったようだが第一次大戦,第二次大戦の最中ではかなり非難を浴びたよう。ブルームズベリーグループ、全く初耳だったがアート界隈ではよく知られた集団なのかな…?
そんなブルームズベリー・グループのメンバーの1人である画家で芸術評論家のロジャー・フライがマーク・フライの従兄弟とのことだが、ロジャーは1866年生まれでマークは1952年生まれ、曾祖父くらいの歳の差だけどこんな歳の離れた従兄弟なんて有り得るんだろうか?【cousin】には従兄弟のほかに意味あるのかしら。とにかくこのロジャーや父アンソニーの影響でマークは画家を志したよう。
イタリアへ
マークフライは1970年にイタリアのフィレンツェにあるアッカデミア・ディ・ベッレ・アルティ(美術大学)に留学し、イタリア未来派の画家プリモ・コンティ(有名なのかしら?)に師事し絵画を学ぶ。それと並行してやっていたシンガーソングライター的な活動がイタリアRCAのプロデューサーであったヴィンセンツォ・ミコッチの目に止まり72年に「Dreaming With Alice」をリリースすることになるわけだ。
72年「Dreaming With Alice」
イタリアRCA傘下の〈IT〉というレーベルから72年にリリース。プロデューサーはラウラ・パピという恐らくイタリア人。レコーディングはローマとロンドンで行われ、セッションミュージシャンはイタリア人っぽい名前の人とイギリス人っぽい名前の人がいるが見知らぬ人々。マークフライの弾き語りに加えてフルートや管楽器、不思議なギターとパーカッションなんかでアレンジされ、全体的にドリーミーでメルヘンで酩酊感満載の世界観を作り出している。弦楽器のアンサンブルやパーカッションの雰囲気はインクレディブル・ストリング・バンドのようでもあるが、1番に思い浮かぶのはドノヴァン。僕はドノヴァン系譜のアシッドフォークとしてマーク・フライを位置付けている。
もちろんドリーミーでメルヘンでアシッドな雰囲気がドノヴァンに共通するというのが大きいが、何より僕がマーク・フライとドノヴァンを結び付ける理由は僕の手にする再発CDのジャケットにある。
(2002年〈AKARMA〉からの再発ジャケ)
わかる人はすぐにわかると思うがこのジャケはドノヴァンがジェフ・ベック・グループと組んで作った69年7th「BARABAJAGAL」のジャケの完全なるパロディである。
(69年Barabagajal/Donovan)
〈Akarma〉というレーベルはイタリアの再発専門のインディレーベルのようで、このジャケットのアイデアにマーク・フライ本人が関与してるかどうかは不明であるが音楽面からみてもドノヴァンの影響下にあるのは間違いないかと。ドノヴァンは71年9th「HMS Donovan」で『不思議の国のアリス』などの童話をモチーフにしたアルバムを制作したが、この72年のマーク・フライ「Dreaming With Alice」のアリスも恐らく『不思議の国のアリス』のアリスだろうし。
(なわけでサイケ図、ドノヴァンと繋いどきます)
〈Akarma〉という再発レーベルがそう嗅ぎ取ってドノヴァンパロディジャケにしたか実際にマークフライが熱心なドノヴァンフォロワーだったかは定かではないんだけどね…
しかしこの〈Akarma〉再発盤、裏ジャケや中ジャケもメルヘンチックで素敵。
アルバムは全16曲と多いが、それは〝Dreaming With Alice〟という30秒ほどのテーマ曲が一曲おきにVerse1〜Verse9まで挟み込まれている構成であるからで、実際には全9曲ほどと考えていいだろう。しかしこの演出もコンディションによっては聞き手を夢の世界へ誘う催眠効果を発揮していて面白い。レッド・クレイオラの1stも同じようにテーマを挟んでいく構成だったな(あっちはカオスへと誘われる)。
さてそんな催眠効果を持ったテーマ曲も面白いが素晴らしいのはそれに挟まられた曲達。全体的にショートディレイとリヴァーブをかけてウィスパー気味に優しく歌い上げるマーク・フライを美しくも不気味な伴奏で装飾するスタイル。シタール風のギターでエキゾチックな雰囲気を演出する2.〝The Witch〟。アコギのハーモニクスが可愛いドリーミーソング4.〝Song For Wilde〟。美しさと不気味さを兼ね備えた名アシッドフォーク6.〝Roses For Columbus〟。3連アルペジオから始まりブルース風のクールなアコギリフ、アシッドでサイケでポップな歌、そして気が触れたような即興演奏パートへと展開し8分に及ぶ大曲14.〝Mandolin Man〟(唯一のドラム有曲)。ラスト16.〝Rehtorb Ym No Hcram〟は恐らく4.〝Song For Wilde〟の逆再生でタイトルを逆読みすると【march on my brother】となる、marchはマーチヘアー、『アリス』の三月ウサギのことだろうか?洒落てる。これらの酩酊感に満ちた心地よい曲々とテーマ曲を交互に展開していきメルヘンの世界へと誘う構成となっている。紛う事なき名盤。
帰国
さてここからは今回調べて初めて知ったことだが、マーク・フライは「Dreaming With Alice」がリリースされる前の71年の秋にイタリアを離れてイギリスへ帰国。アルバムがリリースされた時に〈IT〉からレコードが箱で送られてきたのみで、マークと〈IT〉はそれっきりらしい。その後数年マークはイギリスで様々なミュージシャンと音楽活動を続けたようだがレコーディングは一切残ってないらしい。80年代初頭にアメリカと西アフリカを旅してロンドンに帰ってから再び画家の道へと戻ったとのこと。この時30歳くらいか。まぁフライ家はなかなかの名家のようだし、ボンボンなんだなやはり。
画家として
(マークフライの作品)
画家としてだが93年以降ロンドンなどで8回の個展を開いているよう。何やらイギリスの雑誌のレビューによると
「シンプルなラインとテクスチャと影の微妙な効果により、Fryは独自のダイナミズムでクールで叙情的なエレガンスを実現しています。」
とのこと。
こうしてイギリスでの売れないミュージシャン活動、アメリカや西アフリカを旅、画家としての活動、とマークの人生が進んでいく裏で「Dreaming With Alice」は密かにマニア達を熱狂させ激レアアイテムとして扱われるようになっていた。最高で約4000ドル(40〜50万円)の値が付いたことがあるらしいが、かつて自分が残したレコードをサイケファンが求めていることにマークが気づいたのは30年ほど経った21世紀になってからだった。誰か教えてやれよ!
復活
2002年にイタリアの〈Akarma〉から今僕が手にしている「Dreaming With Alice」再発CD(LP)がリリースされる。
2006年にイギリスの再発レーベル〈Sunbeam Records〉から再発CD/LPがリリース。イギリスで公式にリリースされたのはここが初めて。
2008年に36年ぶりの2ndアルバム「Shooting The Moon」を〈Boredidlebaby〉からリリース。このレーベルはこのアルバムしかリリースしてないようなので自主レーベルだろうか。
これは少し聴いたが、カントリー風味やアダルトコンテンポラリーな雰囲気が濃く出ており良さげだけどアシッドでドリーミーでメルヘンな空気は消え去っている。落ち着いたころのニールヤングって感じ。タイトルからはケヴィンエアーズを期待しちゃうよね。
2011年にMark Fry&The A.Lords名義で3rdアルバム「I Lived in Trees」を〈Second Language〉という英インディレーベルからリリース。
これが面白い。「Dreaming With Alice」はサイケ/アシッドなアレンジでドリーミーさとメルヘンさと酩酊感を演出したが、この「I Lived in Trees」は室内楽的なアレンジでイージーリスニングに通づる方向性でドリーミーさとメルヘンさを表している感じだ。《チェンバーフォーク》と呼べる音楽だろうか。このアレンジと演奏を施したのがThe A.Loadsというユニットである。The A.Loadsはニコラス・パーマーとマイケル・タナーというマークより一回り若い実験音楽家のユニットで、2人は2009年にマーク・フライと接触したよう。2010年にはこの布陣でロンドンでライブを行い(これがなんと58歳にしてマークフライの母国イギリスでの初ライブなんだってさ)、2011年に本作がリリースされた。
このThe A.Loadsの2人はそれぞれ個人で活動しているミュージシャンであるようで、マイケル・タナーについてはまだ追えてないがニコラス・パーマーはDirectorsoundというソロプロジェクト名義で知られる人物であるらしい。このDirectorsoundが僕が2020年最後に出会った音楽であるので少し触れておきたい。
Directorsound
directorsoundことニコラス・パーマーは様々な楽器を駆使して現代音楽/イージーリスニングを作ることから〈1人オーケストラ〉と呼ばれているらしい。Apple Musicで一通り聴いてみたが、室内楽的でイージーリスニングなインストゥルメンタルでクラシックやジャズの要素が散りばめられているけど固くなくて柔らかくインテリじゃなくセンスが強い、つまりハマった。特に2003年デビュー作「Redemptive Strikes」はズレまくりのゆるゆるのリズム(流石にわざと)が心地よくパスカル・コムラード以来の衝撃を受けた。思い浮かんだのはファイナルファンタジーのBGMで知られる植松伸夫。FF8のサントラが好きで愛聴しているが、彼の作るチェンバーな空気感に通ずるものがあるような、学術的なところに行き過ぎずクラシックやジャズをポップに落とし込んでるところなんかが。
そんなDirectorsoundことニコラス・パーマーのサポートによってマークフライは2011年に3rdアルバムをリリースした後、Mark Fly&Friendsというライブバンドでロンドンでライブを行う。2013年にはなんと東京でライブを行い、その模様がライブアルバムとしてリリースされた。Discogsを見たところLPのみのリリースのようで、場所は吉祥寺のライブハウス〈MANDA-LA2〉、日本のミュージシャンがサポートを務め1stの曲もしっかり演奏したみたい。めちゃんこ行きたかった。
2014年に4thとなる「South Wind,Clear Sky」をリリース。
葛飾北斎による『富嶽三十六景』の一つ『凱風快晴』の英題が『South Wind,Clear SKy』であり、タイトルはそこから引用したよう。さすが画家。
(凱風快晴)
これもまだしっかりとは聴けてないが、チェンバーフォークで良さげな感じ。
以上!
僕にとってしばらく〈72年にイタリアから1枚アルバムをリリースした謎のイギリスの画家〉だったマーク・フライの00年代以降の活動でした。
72年「Dreaming With Alice」は言わずと知れたアシッドフォークの名盤なのでサイケ/アシッドフォーク好きは必聴!
僕と同じく00年代以降の活動を知らなかった人はApple Musicにも揃ってるので是非!3rd「I Lived in Trees」は素晴らしい!そこでサポートしてるニコラス・パーマーのDirectorsoundもおすすめ!マイケル・タナーについてはこれから探ってみようかと!
2020年リリース表記でAppleMusicにあるシングルとEPについては詳細不明だが、これもその内わかることでしょう。
では!
(4章UKサイケ図)