何度も何度も書いているがソフトロックの定義は様々で、非常に曖昧なジャンルである。中にはイギリスのゾンビーズやホリーズさらにはエルトン・ジョンやビージーズ(はオーストラリアになるのか)まで含める考え方もあるようで。僕はソフトロックはフィルスペクター→ビーチボーイズのカリフォルニアポップの流れの先にある、と思っているのでそれらイギリスのバンドは含めない姿勢であるんだけど、ただ1人、ソフトロックに含めざるを得ないイギリス人がいる。ビリー・ニコルスだ。
これはアメリカのロジャー・ニコルス(リンク)とイギリスのビリー・ニコルスでセットにしたら気持ちいい、とかそういう理由じゃなくて、ビリー・ニコルス68年「Would You Believe」が明確に『フィルスペクター→ビーチボーイズのカリフォルニアポップの流れの先にある』と感じさせる音楽であるからである。
よく言われるこのアルバムの謳い文句は【ビーチボーイズ「ペットサウンズ」に対するイギリスからの返答】であるがその文句を【ペットサウンズのイギリス的解釈】という意味合いで取るならゾンビーズの68年「Odessey and Oracle」の方がイギリスからの返答に相応しいのかもしれない。イギリスらしさを強く持つ「Odessey and Oracle」に対して「Would You Believe」は【イギリス人によるカリフォルニアポップ】と言うべきものであるからだ。
「Would You Believe」は68年に発表されたが、テスト盤が100枚ほどリリースされたが正式リリースは見送られお蔵入りとなったアルバムである。激レアアイテム(Discogs見たら150万で売ってた)としてマニアの間で長年語り継がれたアルバムであったが98年に正式にリリースされてからはソフトロックの重要な一枚に数えられ、英サイケポップ/ソフトサイケの枠組みでも愛される一枚となった。
49年生まれのビリー・ニコルスは当時18,9歳。その若き才能を見出したのは初期ローリング・ストーンズのマネージャー兼プロデューサーとして有名なアンドリュー・ルーグ・オールダムであった。
ビリー・ニコルスの人脈
65年、ローリング・ストーンズのマネージャーをアラン・クレインに託しオールダムは自らのレーベル〈Immediate Records〉を設立する。〈Immediate Records〉はSmall Faces,Humble Pieを筆頭にThe Niceなんかも在籍したレーベルである。
66年、まだ17,8歳のビリー・ニコルスはオールダムに才能を見出されその〈Immediate Records〉でソングライター兼バックコーラスとして働くこととなった。
デル・シャノンへの曲提供、The Niceの1stシングルにコーラス参加など仕事をこなし、67年にビリー・ニコルス主体の「Would You Believe」のレコーディングが行われる運びとなる。Small Facesの面々がゲスト参加し68年にテスト盤が100枚リリースされたが正式リリースはされなかった。語られる理由は様々だがSmall Faceの68年3rd「Ogdens' Nut Gone Flake」のプロモーションに力を入れた結果、、、という説もある。そんな説もありビリー・ニコルスもバックコーラスで参加した「Ogdens' Nut Gone Flake」とSmall Facesが参加した「Would You Believe」は因縁の兄弟的アルバムと言えるだろう。結局未リリースのまま70年に〈Immediate Records〉は終焉。
ビリニコがやっとレコードデビューを飾ったのはGM recordsからの74年「Love Songs」(聴いてない)となる。
77年には元フィフス・アベニュー・バンドのメンバーとWhite Horse名義で1枚アルバムを残す(聴いてない)。これが全然知らなくて、割と驚き。フィフス・アベニュー・バンドはラヴィン・スプーンフルの弟分的なイメージで(ラヴィン・スプーンフルのメンバーはフィフス・アベニュー・バンドの69年唯一作をプロデュース)、ラヴィンスプーンフルはニューヨークソフトロックにおける西で言うビーチボーイズ的立ち位置だと思ってたので、この繋がりは結構びっくり。White Horse、聴かねば。
80年代以降は何やらピート・タウンゼントらThe Whoの面々と仕事をしていて、The Whoのツアーにも参加したみたい(一般的にこの脈絡で1番知られてるのか?)。
90年に3rdソロアルバムをリリースし、98年にようやく「Would You Believe」が正式リリースされると2008年までアルバムやらコンピやら精力的に活動。
こんなとこだろうか。アンドリュー・オールダムにSmall Faces,The Who…個人的に非常に苦手なブリティッシュロック界隈である。Facesやハンブルパイも全くで。ほぼ食わず嫌いで特に理由はないんだけど。これを機に聴いていこうと思ってるが。
さてさて個人的英唯一のソフトロック「Would You Believe」を!
「Would You Believe」
やはり目立つのはスティーブ・マリオットとロニー・レーンがプロデュースし、Small Facesのメンバーが全面的にサポートしたタイトル曲1.〝Would You Believe〟。実はこの曲のみビリー・ニコルス作曲ではなく、Jeremy Paulという人物の作曲である。この人が何者かよくわからないが、レーベルに眠っていたこの良さげな曲を引っ張り出したものであるよう。この曲はソフトロックというよりもサイケポップ/バロックポップと呼べる曲で、何よりSmall Facesの荒々しい演奏とスティーブ・マリオットのガヤ的バックコーラスはソフトロックの持つ特性とは相反するものだ。しかし冒頭の美しきハーモニウムや全体を彩るバイオリン、ビリーニコルスの優しい歌声がSmall Facesと化学反応を起こし唯一無二のサイケポップを生み出している。名曲。
ちなみに今Small Facesの2nd,3rdを聴きながらこれを書いてるが、思ったより繊細でびっくり。もっと荒いモッズバンドだと思ってたんだけど、いいじゃない、ちゃんと聴こう!
この曲のみBilly Nicholls&Small Facesとなるわけだが、やはりこうなると思うのはRoger Nicholls&Small Circle of Friends。ビリニコとロジャニコには名に因果があるのよねん。
1曲目〝Would You Believe〟以外は全てオールダムプロデュース、ビリニコ作曲となる。演者はベースとストリングスアレンジにジョン・ポール・ジョーンズ、ドラムがこの後69年にスティーブ・マリオットとハンブルパイを結成するジェリー・シャーリー、そして鍵盤にニッキー・ホップキンス、強い。が全体的に割と荒い。音質も。これが良い意味で米ソフトロックにはない荒さで独特で面白いのよね。
ビリー自身がペットサウンズに影響を受けたのか、オールダムがペットサウンズを目指して発注したのかは定かではないが、ともかくペットサウンズ影響下のカリフォルニアポップ、カリフォルニアソフトロック要素満載なのがA面。
デルシャノンに提供した2.〝Come Agein〟を筆頭に4.〝Feeling Easy〟や5.〝Daytime Girl〟あたりは正にソフトロック。なんというか80点の良曲。これが実はソフトロックの本質なんじゃないかと思ってきた。「ペットサウンズ」は100点の曲を目指して作られたアルバムであるだろう。音楽的探究と思想の深みをぶち込んだ「ペットサウンズ」は大きな質量、エネルギーを持ったアルバムだ。そこから緻密なスタジオワークとコーラスワーク、サウンドを継承しつつ思想を排除し質量を減らし独特の爽やかさと軽やかさを持ったものがソフトロックなんじゃなかろうか。もちろん良い意味で。120点を出せるのは〝Would You Believe〟のようなエネルギッシュな曲だったりするが、ソフトロックは80点以下を出すことはない。逆に「ペットサウンズ」の質量の部分、エネルギーの部分を継承していったのが「リボルバー」や「サージェント」のサイケやコンセプディヴなアルバムで、果てにはプログレへと辿り着く方向なのかもしれない。なんてことを思ったり。
3.〝Life is Short〟は少しブリティッシュさを持った素晴らしきソフトサイケ。
6.〝Daytime Girl(Coda)〟では正にビーチボーイズなコーラスアンサンブルを披露。
ここまで書いておいてなんだけど、実はギリギリまでビリーニコルスをソフトロックの文脈で書くかブリティッシュサイケの文脈で書くか悩んでいて、その理由はB面にある。カリフォルニアソフトロックなA面に対してB面はブリティッシュサイケ感満載な曲が並んでいるのだ。これは明らかに意識的な試みだと思うんだが、どうなんだろう。
B面は7.〝London Social Degree〟、8.〝Portobello Road〟とニッキーホップキンスのピアノをフィーチャーしたサイケソングで始まる。【ポートベロ・ロード】はロンドンにある通りの名前だそうで、2曲ともロンドンを歌った曲か。ますますB面ブリティッシュ意識説が濃厚。7.〝London Social Degree〟はレイ・ディヴィスやボウイ1st的なザ・ブリティッシュな雰囲気。8.〝Portobello Road〟は不思議な浮遊感を持ったサイケソングだがこれがツェッペリンの〝Misty Mountain Hop〟の元ネタと言われている。両曲の冒頭聴けばすぐ分かると思うが、ジョン・ポール・ジョーンズが参加しているのでツェッペリンが拝借したとしてもおかしくはない。
ソフトロック風ではある9.〝Question Mark〟や管楽器やハープシーコード存分に使った10.〝Being Happy〟もキンクスやホリーズ的なブリティッシュ感満載なソフトサイケ。
11.〝Girl From New York〟は声が背景に遠くで鳴るシューゲイザー系浮遊サイケだが、ファズギターの主張の強さが半端じゃない曲。賛否分かれるだろうが非常に挑戦的なミックス。
ラスト12.〝It Bring Me Down〟はビートルズ的メロディを持つサイケアンセム。だらしなく不安定で、尚且つ美しいこの曲はサイケ史に残すべき名曲。
A面は「ペットサウンズ」影響下のソフトロック、B面は「ペットサウンズ」影響下に生まれた「リボルバー」「サージェント」の影響下のブリティッシュサイケ。そんな印象。B面だけを切り取れば《サージェント症候群》の一枚とも言えるだろう。
以上!
ソフトロックファンにもサイケファンにも響くであろう名盤!このアルバムを所持してる人は僕を含めてほとんどがCDでの所持だと思うが、A面B面を意識して聴くと面白いかも!
今初めてアンドリュー・オールダム・オーケストラを聴いてるが、いいじゃない。ヴァーヴの〝ビタースウィートシンフォニー〟とストーンズ〝ラストタイム〟の関係性がようやくわかったわん。
オールダム関連、Small Faces、The Who、その辺も今さらながら聴いていこうと思えたビリー・ニコルスの回でした。
あとこれの他に英ソフトロックと呼べるものがあるのかもまた探ってみます。では!!
(ビリニコ周辺)
(ソフトロック図)